括り

1920年代後半から30年代にかけて生まれた世代は、戦時下の国内で幼少時期を過ごし、従軍させられる手前で終戦したという人が多い。彼らの世代の原体験や原風景が、その後の社会が根底に溜めこむ欲望の源になったという気がしていて、その世代の書き手のモチベーションを感じることで、戦時下から戦後にかけての感触を自分の中に再現させたいとの思いがあり、色川武大を読む理由もおそらくそのあたりにある。色川武大は1929年生まれ。江藤淳筒井康隆大江健三郎蓮實重彦も30年代生まれ。

20年代と30年代では、世代としてかなり大きな隔絶があるのではないかと想像する。1932年生まれの石原慎太郎の文壇登場がもたらした衝撃とは、まさにその衝撃だったのだろうか。

ましてや40年代生まれが台頭してきたら、もはや「時代は変わった」の一言ではないかと思う。ちなみに僕の亡父は41年生まれ。その後、50年代、60年代ときて、僕が71年生まれ。ほとんど自分も父親も、まとめて同じくくりに括られてもおかしくないかも。