たすけておくれ

病気療養や手術について書かれた文章が苦手で、それを読んで想像される痛苦が耐え難くて、読むのをつい避けてしまう。最近だと山下澄人とか、坂本龍一とか、他にもあったかもしれないが、いずれも妻が読んで教えてくれるので、それで僕は、それらを読まないことにするのだ。

ところが青山拓央のNote(https://note.com/aoymtko/n/n3239c34c110c)を読んだのをきっかけに、ひさびさに色川武大の文庫を取り出し「たすけておくれ」を読んだ。内容はおぼえてなかったのだが、短い小説ながら後半なかなか壮絶な手術治療の話だった。

ただしこの痛苦が、いかにも色川的な主人公の、あたかも自ら勝ち取った戦利品であるかのような描かれ方をされていると思った。あるいは自分が振ったサイコロの目、自分が選んで引いたカードに対して、その運命に徹底して従順であろうとするかのように、たまたま出会った自分の担当医に自分を預けた気になって、「信頼に値する友人」のようなものに彼を一方的に見立ててしまって、それゆえ後半の出来事を、まるで自ら招いて降りかかった苦難であるかのように、それをひたすら受け止めようとする。

とはいえ英雄的な所作でそれに耐えるわけではなく、むしろすべての抵抗をあきらめた半死人のような、哀れでもあり滑稽でもある姿だが、そのすべてを支えるのが、倒錯して何重にも捻ったマゾヒズム的な、だからこそ高らかな生の歓びのようでもあり、やはりここには何か、有無を言わさぬ圧倒的なものがあると思われた。