落下

たとえば手に持ったスマホを取り落としそうになるとき、意識より先に手がおどろいて、あわてて虚空をまさぐるような動きになる。手がそれまで自分に掛かっていたはずの荷重の、急激な喪失変化に驚いて、自分の安定を見失いそうになって、とにかく「掴まるものを探す」かのように動く。

たとえば夢を見て、自分が高いところから落下してるとき、それは意識ではなくそれ以外の全身をもって、そこに感じ取れるはずの抵抗が失われたことに慌てふためき、必死になって手掛かりを取り戻そうとしてる。意識は、その緊急事態を、いわば傍観者として感じ取り、まるで他人事としての恐怖や不安をおぼえる。それは映画や遊園地の乗り物と変わらない。意識にとって、恐怖はそれ以上ではない。

電車でうとうとと眠って、つい本やスマホを取り落としそうになる。手はそのたびに死の恐怖に直面している。しかし意識は意識自体として死の恐怖を感じ取ることがない。