Amazon Primeで、佐向大「夜を走る」(2021年)を観た。高架下の車道を走る業務用自動車。薄暗い車内。ハンドルにかけた腕がゆっくりと動き、その腕にかかる力で、車の走行が制御されているのが感じられる。斜め後ろからとらえられた運転手の横顔、その視線の先。スピードメーターの針がゆっくりと下がっていき、信号の前で車が停車し、またふたたび動き出す。郊外の景色、背の低い雑木が広がっていて、ガソリンスタンドだの商店だのが点在していて、電信柱と電線が、空に無数の黒い線を引っ張っている。それだけの景色。

冒頭から映画の前半にかけて、何よりもそれらの景色がものを言うかのような、景色自体の説得力がすばらしいと思った。

犯罪サスペンスドラマとして、きっとこういう話はいくらでもあるだろう。いくらでもあるがゆえに、最初いくつか気になる要素---あまりにも行き当たりばったりな、死体やスマホの扱い方とか---が、それはそれで展開の進むうちに、物語的な瑕疵にはなってないというか、むしろその非論理的で思わず突っ込みたくなる不用意さみたいなものに、かえってこの作品の不透明な潜在力が蓄えられているかのようでもあるのだ。

なにしろ被害者のスマホがいきなり着信する場面はけっこう怖くて、主人公の足立智充はどう考えても、そのスマホをただちに捨てるなり破壊するなりすべきなのだが、なぜか彼はそれをいつまでも持ち続ける。それが主人公の後半の運命を予言していて、結局彼はスマホに誘われて---それは被害者の怨念とか自責の念ではなくてもっと別の、もうひとりの自分のような存在によって---あのような事態へと自分を追い込んでいく、そう解釈したくなる。

(幽霊のごとく窓の向こうにいるのが絶対に女の幽霊だろうと思わせるホラー的なシーンで、窓を開けるとほかならぬ自分自身がそこに立っている。この場面を機に彼の「錯乱」がはじまる。)

(ただ…それ以降の、新興宗教入信と破門、女装、ヤクザ経営の店での揉め事、拳銃入手…など一連の展開は、さほど面白いものではないとも感じるのだが…とはいえ、宗教の下りとヤクザ経営店の下りが、冗談みたいにつながってその後の展開に進むのはちょっと良かった。)

脇役の誰もがとても良い。同僚の玉置玲央と菜葉菜の夫婦と、瓦解の原因になるのではとの不安で憎らしく思わせるほどの、たぶん三歳かそこらの娘。ゴルフで遊んでばかりの社長。他の同僚や事務職の二人、調子良くてさっと消える中国人、怖い人を水を得た魚のように演じてる松重豊など、みんな人物として生きている人たちばかり。パワハラ体質だけど実は臆病で凡庸で、事の次第に完全にがっくりしてしまう高橋努が、とりわけすばらしかった。

後半以降の展開は、活き活きとした混乱が作品に収束可能か否かの緊張感をあたえているかのようだったし、物事は何も解決してない嫌な予感を漂わせたまま話が閉じる(エンドクレジットが流れ終わるまで、その景色を最後まで見ていなければ安心できない…)のも、これはこれで見応えあったと思う。とはいえやはり死体処理で会社が廃業してしまうまでの、鉄工所の構内の感じとか、様々な会社の人たちの様子とか、夜の飲み屋とか、あの景色ひとつひとつとそこにいた様々な人たちが、良かったのだと思う。