このブログは2006年から始まっているので、それ以来の出来事やそれに付随する個人的なあれこれなら、いろいろ書いてあったり書いてなかったりするのだけど、いずれにせよ2006年以降に流れた時間は、多かれ少なかれ、書く対象として自分に省みられ、その素材とされてきた。

なので2006年以前の記憶は、いわばそんなアーカイブをもたない過去として、自分のなかで別の質感をともなっている。ある連続した営みの前後で、肌が日焼けしたところとそうでないところみたいに、少し色合いが違っている。

だからもっと昔から、出来るだけブログに書き残しておきたかったと言いたいわけではない。むしろ2006年より前は免れた、取組みの影響を受けずに済んだ、そっとしておくことが出来たという、安堵に近い感じがある。

90年代や00年代前半の記憶が、自分の中で独特な淡い色合いを帯びているとしばしば思う。思い出したくても思い出せないことが多くて、だから思い出したいように都合よく思い出す、あるいは思い出したくないことが形をかえて何度も去来する。しかし記憶とは本来そういうものでいいのだろう。