子供の頃に読んだ本で、貧しいお爺さんが食べるものが何もなくて、紅茶を飲んで空腹を凌ぐ、そんな場面を記憶しているのだが、あれは何のお話だったのか。

富める者と貧しい者の両者が存在するのは、聖書よりも前の時代からそうなのだし、この世に存在する童話や絵本には、そんな境遇の主人公や登場人物がたくさん出てくる。

我々は生まれてほどなくして、この世の不平等を知る。しかし食べ物や飲み物の味わいとか香りは、貧富とは無関係に人をある記憶にとどめる。

紅茶の香りが空腹や寒さの記憶に結びつき、それが過去の苦しみや悲しみを思い起こさせることもあれば、ある懐かしさへ結びつくこともあるかもしれない。

人が何を記憶し何を幸福の糸口に関連付けるのかは、予想できないし制御もできない。誰もが勝手に何かのにおいを嗅ぎ取り、何かを思い、幸福だったり不幸だったりする。

紅茶の香りが今ここだけでなく、そのような人間の歴史から漂ってくるもので、いつか誰かが同じようにそれを嗅ぎ取り、何かを記憶にとどめたことの反復であるのは間違いがない。紅茶を味わうことで、紅茶を感じ取る者の列に加わることのよろこびを味わう。