川端康成にまつわる話が面白すぎるので引用メモ

まずは、あまりにも有名なエピソード


まだ若く経験の浅い女性編集者を前に、一言も喋らず押し黙る川端。数時間にもおよぶ長い沈黙が部屋中に重く堆積する。もはや取り返しが付かないまでに破綻してしまった(と、その女性には思われた)その雰囲気に、耐えかねて、緊張と絶望のあまり声を上げて泣き出してしまう女性。


突如取り乱した目の前の相手を、川端はゆっくりと見つめ、そして言う。「・・・どうしたのですか?」



以下は福田和也「日本人の目玉」より。

いく事を恐れない、というより、そこに特段の差異を認めないもの、つまり射精に欲望を集約しないものは、人間たちの自己意識と無縁であるばかりでなく、あらゆるけじめ、人間がこの世に作りだしている敷居や境界に頓着しない事になる。
実際川端は、徹底してけじめに無頓着である。

祇園で舞妓を十何人か集めて、お座敷の一方に一列に並ばせる。川端さんは、彼女達の一間半ほど手前に正座して、あの目で舞妓の顔を、姿を、一人ずつ順々にながめてゆく。視線が、彼女等の一人のこらずを充分見きわめると、またもとに戻って、端から順々に目を凝らす。その間、何も言わない。娘たちもだんだん、不気味になって来る。しんとしてしまう。やがて二時間か三時間かの、重苦しい沈黙が積み重なる。と、川端さんは急に微笑をうかべて、「ありがとう。御苦労様。」(澤野久雄 「川端康成と女性」)


処女作が不明。いつ結婚したのかも不明(夫婦揃って知らない)とのこと。。


川端が伊豆の踊り子を執筆した旅館を、今東光が訪れた折のエピソード

僕の知ってる伊豆湯ヶ島の湯本館は古ぼけた木造の旅籠屋だった。

最初に行った時、病み上がりの亡妻は甚だ不服だった。温泉宿といえばもっと良い旅館だと思ったのだろう。僕は何にでも感謝の念の薄い女房の不満に腹が立ち、むっつりしてまず入湯した。彼女も僕に背を向けて押し黙って浴槽につかっていた、そこへ川端康成が入って来た。これにはちょっと驚いた。吾々夫婦が入っていたら大概は遠慮するだろう。それが赤の他人でもだ。まして仲の好い友達だけに遠慮するだろうと思うのに、彼は平然として夫婦で入っている湯に飛び込んで来た。

「好い湯だろう」

と風呂好きの川端は凝然と女房の裸体を見つめながら言ったものだ。(「本当の自殺をした男」)

川端は買わない。
というよりも、勘定をほとんど払わない。ノーベル賞の二千万円の賞金をかたに、何億円もの美術品を買ったと云われているが、それらの殆どが未決済のままだったろうことは想像に難くない。「買う」という一瞬すらも、そのけじめすらも踏み倒してしまう川端は、骨董愛好だけでなく、青山(二郎:引用者注)的なものを背景に成立した昭和の批評の、もっとも厄介な敵にほかならない。

川端のけじめのなさは、生死という、人間にとっての境をすら軽蔑する程徹底したものだ。
その軽蔑は、自殺に際して、もっとも強く表明されている。三島由紀夫の、入念に準備され、演出された最期に比べれば、遺書もなければ、書きかけの万年筆の蓋さえ閉めていない、ふと思いたってとしか云い様のないあり様で、駆け足で死んでいる。どのような意味づけも拒む、まったく無頓着な死に方。作家という意識的な種族だけでなく、世間一般の自殺者のなかでも、このように自分の生命を気軽に捨てうる者は稀である。


福田和也「スーパーダイアローグ」椹木野衣との対談より

椹木:はじめから金払うつもりがまったくない?


福田:全然ないんじゃないかしら。ちょっと書いたけど、伊豆の初島の旅館に4年半泊まっているんですよ。「伊豆の踊り子」を書くためだけに。で、1円も金払わない。これ、なまなかの神経じゃできないですよ。一番いい部屋泊まって、毎日飯食って、爽やかに暮らせるって。柳美里さんなんかでも2週間初島にタダで泊まって、さすがに気が咎めて逃げてきたらしいけど、4年半ですよ。しかも、そのあいだに書いたのが「伊豆の踊り子」ですからね。尋常じゃないですよ。菊池寛のところにお金をせびりにいって、「菊池さん、100円ください」とかいうんですよ。菊池寛が「このあいだ持っていったばかりじゃないか」と断ると、川端さんはずっとそこに座ってるんですって。で、2時間くらいたって、また「菊池さん、金ください」っていう。


椹木:それはマン・マシーン状態ですね(笑)


福田:(中略)やっぱり最強の小説家ですよ、川端っていうのは。自殺の仕方も無茶苦茶ですし。


椹木:どんな感じで死んだんですか?


福田:遺書も何もなくて、机の上に「岡本かの子全集」の推薦文を3行書いて、万年筆の蓋もしないで、そのままガス管をくわえてたんです。例えば三島由紀夫は徹底的に死を自己演出したでしょう。意味づけして。川端康成は多分死ぬことなんてなんとも思ってなかったんじゃないかな。ちょっと隣まで出かけてくるぐらいの感じで死んじゃってる。だから、おっかないというか。やっぱり批評って意味づけたりとかする作業だから、何の意味もない人っていうのは…


椹木:不気味ですよね