「cycle 30」millsart(axis ax-008)



Jeff Millsが1994年にリリースした12インチ。ユニークな仕様で有名なレコードである。「盤面にループしている8本の音溝が刻まれており、再生すると4小節のリズムトラック8種類が無限に繰り返されるというクラブDJ向けの12インチシングル…」(wikipedia「レコード」)


収録曲はすでに別の音源で既聴なので、聴いてみたい、というよりは、アナログレコードのその盤面を一度「見てみたい」という理由で買ってみた。…たしかに、黒光りする盤面には8本の細い溝があるだけだ。しかしレコードの溝一本って、こんなに細いものなのかと思う。それに、つくづく不思議だが、この細い溝に、ほんとうに「音が入ってる」のだろうか?とも思う。


もちろんレコード録音・再生に関する技術的な理屈は、本に書いてある事を読んだ限りでわかってるが、でも理屈でわかっても、今、目の前に実際にレコードの溝があって、それを見ながらそこに「音がある」事は実感としてはわからない。レコード盤をいくら見ても、絶対「音が見える」事はない。


DJのようにレコードの盤面を見ることに慣れている人なら、盤面の溝がなす微妙な模様から、どこにどのような音が刻まれているかを想像して曲全体を把握できるという。でもそうだとしてもそれは「音を見ている」という事ではない。それは単に、溝の模様を想像的に音に脳内変換しているだけである。


という訳で、記述された状態になったものから音を実感する事が人間にはできないので、それが確かに、再生できるという事実は、やはり奇妙なものである。再生すると音が再生される事自体が、奇妙なことなのだ。(その再生音は本当にその溝に刻まれた音なのか、確かめる術は勿論ないけど。というか、そこまで疑う人はこの世にあんまり居ないだろうが。)…とにかく、ここで起きている事は、「そこに音がある」という事実と「そこに音はない」という事実のふたつが、何事もなく並存してしまっている状況である。それはとても、現代的な状況なのだろうと思った。


それにしてもこのアルバムは1994年の発売である。Jeff Millsはやはり偉大であると思う。前年にはBasic Channelが一枚目の作品をリリースしている。90年代前半はテクノにおけるミニマル創世記といえるだろうが…しかしこれらの、過激さそのものであるかのような、もうこれ以上何も無くて、一挙に行き着くところまでたどりついてしまったかのような、これらの音源たちをがなぜ90年代、矢継ぎ早に生まれ得たのか?…それは、それを密かにゆっくりと、しかし熱くはぐくみ、準備し続けてきた、暗く闇雲で粗野なすさまじい力によってであろう。それは、80年代当時のシカゴ・ハウスたちであったのだと想像する。おそらく当時、シカゴ・ハウスが無かったら、いくらJeff Millsといえども「無限Loopで行けるのだ」とはさすがに思えなかったに違いない。


シカゴハウスとは狂騒の渦であり、軽薄が疾走して涙が追いつけない感じであり、あらゆる感情の臨界点であり、呼吸が潰えるまで容赦なく続く爆笑状態そのものである。おそらく当時のシカゴのクラブでは、実質的にすべてのビートが内実を完全に置き去りにしたまま、空虚すら彼方に置き去りにする勢いで、ほんとうに無限ループしていたのに違いない。