Jeff Mills「Exhibitionist 2」DVDをざっと観た。最近のJeff Millsをそれほど熱心に聴いてなかったので、このDVDへの期待も薄かったのだが、観たら、これは良かった。まさに、必見である。Jeff Millsのようなミュージシャンにとって、プレイしている映像というのは、やはりたいへん説得力があるというか、自分のやってることを明確に伝えることの出来る強烈な手法だ、いうこととも言えるだろう。というか凄い音楽の作り手が、音だけでなく「見た目」においてもどれだけ凄いのか?という問題は昔も今も変わらず残っていると思う。
そもそもクラブミュージックというのが、本来その成り立ちとか生成過程への興味を持ちにくいもののはずで、なぜならそれは基本的な前提として「終りの引き延ばし」を最大目的とした営みだからで、だからそれはつまりクリエイティブな仕事というよりはメンテナンス的な仕事というか、保守運用的な属性をもつ仕事だからなのだと思う。
デザイナーや画家や小説家が作品を作る過程を追ったドキュメント映像と、消防士や医者やインフラ監視担当者の仕事を追ったドキュメント映像があったとしたら、クラブミュージックのDJの仕事の映像は、後者に近いのではないかと思う。というか本来そうであるべきだろうと思う。
Jeff Millsが2006年にリリースした「Exhibitionist」は、まさにそういう内容だったように僕は認識している。DJという登場人物の仕事を端的に示した、あれば画期的な映像であり、超人的・神業的な保守運用の仕事、すなわち今このテンション、を、いつまでも持続させるための果てしないチャレンジ、という大きな目的をはじめからもたず、むしろ動きながらそれを生成する(Purposemaker!!)営為の、とてつもなく鮮やかな具現化だと思うし、今でもしばしば観返してしまうほどだ。
そして、さて約10年ぶりの「Exhibitionist 2」であるが、前述を踏まえあえて一言で言うと、DJよりはクリエイターとしてのJeff Millsにスコープを定めた作品という印象である。
DVDの1枚目ではいつもながらのDJプレイ(Exhibitionist Mix 1 part 1)が収録されていて、これが冒頭から予想外に素晴らしいのだが、これが後半(Exhibitionist Mix 1 part 2)になると、歓喜の領域へと上がる。TR-909を使った、まさに「ブラック・マシン・ミュージック」(©野田 努) の根源的な何かをまざまざと見ているような気になり、ほとんど言葉を失う。
DVDの2枚目の(Exhibitionist Mix 3 TR-909 Workout)もそうで、このTR-909というドラムマシンが、Jeff Millsにとって如何に重要かという、いや重要というよりもこの機材こそがJeff Millsそのものであって、人なのか機材なのかほぼ判別不明という領域にまで、これは達しているといえよう。
いや、おそらくこれは、いつまでもたっても古い機材ばかり使っていて、いつまでたっても同じような音楽ばかり作ってるだけの、べつにどうこう騒ぐような音楽でもないのでは?単なる過去の遺産なのでは?と思う人もいるのではないかとも思うが、でもこれはきっと、そうではないのだ。これが今の最新の音楽としてリリースされていることに、大きな意味があると僕には思えてならない。これは重要な作品である。
DVDの2枚目の(Exhibitionist Mix 2 featuring Skeeto Valdez)はどうか。ドラマーとの即興セッションらしいが、アンサンブル、というよりは、聴き較べているような、映像の、表情の穏やかさとは裏腹に、お互いが異様なほど牽制しあっているような、不思議な印象のMixである。驚かされるのは生ドラムセットの音が過激なまでに調整されており、中低音だけでシンバル系の音はほとんどオミットされているに等しいような処理が施されていることだ。ミルズの909のサンプル音よりも、ドラムのライドやクラッシュの音の方が小さいというのは異常な感じがするが、それはそれで、そういう意図を感じる。Skeeto Valdezのプレイは、このように設定された世界の中では、ほとんど人間というやわらかい生き物が織り成すとらえどころのない有機的なサウンドの一纏り、というように聴こえてくる。いや、そのソロプレイそのものは興奮させられるようなものだが、しかしこのセット内に組み込まれることでちょっと前例の無いような異化効果をこうむってしまって、ひじょうに面白いことになったと思う。人によっては(こんなセッション、失敗では?)とも思うかもしれないが、僕はそうは思わなかった。
DVDの2枚目の(Exhibitionist Studio Mix)、これはまさにクリエイターとしてのJeff Millsそのものを映像に収めたということになろう。おそらく自室で、床に機材を並べてひたすら作曲していくJeff Mills本人を捉えている。TR-909と、TB-303と、シンセと、シーケンサーと、ミキサーと、あと何か一個か二個。たぶん大変シンプルな機材構成だと思う。これほどシンプルで、こんな単純な手法を、俺はもう二十年以上やってるんだぞ、ということなのだと思う。
しかしJeff MillsのDJプレイでの、あのミキサーのイコライザーやフェーダーを操る指使いのせせこましい感じとうか、ちょんちょんちょん、ちょんちょんと指で少しずつ叩いてフェーダーを下げていったり、クリッ、クリッ、クリッ、クリッ、クリッ、、ちょんちょんちょんとツマミをいじったりしている、あの異様な操作方法は、ほんとうに凄いというか、凄いと思うけど、あれ、ほんとうに意味あるのか?という気持ちも少しは感じる。とくにイコライザーのいじり方の細かさはすごい。あれ、たぶん聴いている音の細かさが自分の十倍くらいの解像度で聴いてると思う。そうじゃなければあれほど頻繁にいじる必要ないと思うし。でも思う思うと、いきなり出し抜けにガッ!とフェーダー下げて真空の無音を作ったり。あのへんはいつまで経っても、何年経っても、やられたー!となって興奮するわけだが。
で、(Exhibitionist Studio Mix)でJeff Millsが、まさにクリエイターとしての…ということでもあるとは思うが、正直クリエイター的なんていうことよりも、たぶんこの作品の中でもっともJeff MillsがJeff Millsである凄みを感じさせるのは、やはりTR-909を使い倒しているシーンなのだろうと思う。909のハンドクラップ音をすさまじい指さばきでフェード操作しているJeff Millsと較べたら、自室のスタジオで床に座ってツマミをいじくって作曲してるJeff Millsは、まるで楽器屋で買ったばかりの機材を、実家の二階の自分の部屋に並べてプロデューサー気取りの田舎の高校生のようである。でも、Jeff Mills本人のコメントで、貧乏な時代にそうやって作曲していたから、今でもこのスタイルに慣れているのだそうで、それを聞いたらなんとも微笑ましい気持ちになった。