自分がひとつの乗り物のようになって、暗い路上をひたすら走っている。乗り物としての自分は、外壁の外側にある冷たい外気に、僕自身の責任において直接触れている。外壁は常に風雨に晒されている。外壁の状態も自分の責任において管理している。修復や改修の必要があれば、必要に応じて自ら実施する。それが権利でもあり義務でもある。自分は自分の全域をかろうじて把握している。それらすべてを制御して、ただしく適切に運用するべく努力している。
日々の技術革新は、自分がひとつの乗り物のようになって走ることを強力に支援してくれる。走るといっても、毎日お決まりのコースを同じように行くだけだが、しかしそれだって、技術の進歩がなければ到底不可能なことだった。今実現されている技術をすべて失ったら、家から一歩も出られないどころか、今住んでる家からも追い出されてしまうし、そもそも家が必要なのかどうかさえ自分で判断できないだろう。今はこうして、家にいるあいだですら、休む事無く、暗い路上をひたすら走っているのだ。
辻原登「東京大学で世界文学を学ぶ」という本を今日は朝から読んでいて、まだ第一講義と第二講義しか読んでないが、内容がすごくたくさんあって、ものすごく面白い。ゴーゴリの作品の引用を読んだだけで、これは相当面白い。ほかにも、小林秀雄、ソンタグ、カフカ、ベンヤミン、二葉亭四迷、国木田独歩、大岡昇平、梶井基次郎、中原中也、永井荷風、神西清、リービ秀雄、なんかの引用が載っていて、これらがすべて面白い。二葉亭四迷の「浮雲」の書き出しなど、衝撃的なほど面白い文章だ。こういうはっきりとした抵抗感、異常な条件下で生まれてきたことがなぜか伝わってくる文章というものがあるのだ。
第二講義の後半で翻訳の話になってからはかなり感動的。
二葉亭四迷が翻訳したツルゲーネフの「あいびき」に対して、国木田独歩の言葉
『自分がかかる落葉樹の趣きを理解するに至ったのはこの微妙な叙景の筆の力が多い。これは露西亜の景で而も林は樺の木で、武蔵野の林は楢の木、植物帯からいうと甚だ異て居るが落葉樹の趣は同じ事である。自分は(屡々)思うた、若し武蔵野の林が楢の類ではなく、松か何かであったら極めて平凡な変化に乏しい色彩一様なものとなって左まで珍重するに足らないだろうと。』
二葉亭四迷の試みが国木田に届いたことによって、はじめて風景描写というものが可能になった。「落葉樹の趣」というものが、たしかにあるということが、ここで確認された。何かが、国木田に伝わったのだ。景色の様子、というものを、ロシア語から日本語に置換して、そのように書いたら、何かのふくらみというか、香りのようなもの、確からしさの高まり、書かれるべきであったものが、たしかにあった、それが日本語にもちゃんと含まれた。それを読んだ日本語を読む二人以上の人間が、たしかに…と思ったのだ。それは、遂に発見されたリアリティだった。以前からずっと存在していたはずのものを、手に触れられるようにすることこそが、技術革新であり、新しさなのだ。何かを確実に手に入れたのだ。
その発見以来、今に至るまで、発見と進歩が繰り返されてきた。おびただしい数の、成果の果実を受取った。こうして今、自分がひとつの乗り物のようになって、たったひとりで、暗い路上をひたすら走っている。気付けば、そういう事になっていた、というところだ。こんな風にしていられるのも、ある意味、彼らのおかげとも言える。