「辻静雄コレクション3」を読んでいて、あまりにもおいしそうでおいしそうで、ほとんど気絶しそうになる。これは大げさに言ってるわけではない。読んでいると実際に、意識が薄くなってきて、今立っている場所がどこなのかわからなくなるくらいに酩酊してしまう。この世の天国が描写されているように感じられてしまって、ほとんど空腹が突き抜けて、今いきなりこの手で犯罪をおかしてしまいそうな予感さえおぼえる。
どこを開いて読んでも全部気が狂うが、とりあえず適当に開いてちょっと読んだだけで、これはもう・・・万死に値する。とにかく全編が、まあ自分などには、一生縁のないようなレストランや料理で、そういうのがそれこそまさに夢のようにいっぱい出てきて、ほんとうになんとも、感無量の思いである。
食事はコンフィ・ドワConfit d'oieから始まった。(…)鵞鳥をその脂でゆっくりと煮上げてから、皮をパリパリに焼き、にんにく入りのじゃがいものソテーと共に出される料理なのだが、つくり方がフランスの本当の田舎風なので手がこんでいる。ボルドー近く、ランド地方の名物だから、つくり方にうるさい人が口を出したら、きりがない。
血抜きをして羽根をむしり、ちょっと火であぶってから、先ず、つめたくなるのを待つ。それから、徐に背中へ、頭の方から下に向けて、深い切れ目を入れて、だいたい四つ割りのように、切り分けてしまう。
こまかいところまで説明すると、この切り分ける時に必ず、骨に肉がついているようにしておく。さもないと、あとで火を通した時に肉が縮んでしまうのだ。さて、ここで粗塩をびっしりと塗り込んで、四日間くらい瀬戸物の壷に入れてしまっておく。
四日待ったら、肉の生を塩漬けみたいにしておいたものだから、少し、臭い。くさったような匂いが出てくる。この塩を全部きれいにふきとって、それから次のような脂の中で、一時間近く煮込むのだ。
この脂が問題なのだ。先ず鍋に豚の脂肪のこまかくきざんだものと鵞鳥を掃除したときに残った脂を一緒に入れる。鍋の底に、水を少し加えて、ガーゼのようなものに、にんにく、丁字、粒胡椒などをくるんだのを入れて弱火で、よくかきまわしながら、脂肪を七割がた溶かしていくのだ。
ここで、初めて四つ割りにした鵞鳥が入る。一時間煮込んで、中まで火が通ったら、鵞鳥は取り出して冷ましておく。残った脂は一度こしてから、強火にかけてぐらぐらいわす。というのは、こうすると鍋の表面に泡が上がってくるからだ。この泡は塩そのものなので、これを取り去っておく。この脂に充分火が通ったかどうかを確かめるためには、脂の色がブロンドになったかどうか、見たらよいという。
さて、仕上げは内側に釉薬をかけて焼いた陶器の中にとりあえずこの溶けた脂を半分くらいまでうまるように注ぎいれて冷まし、ドロッとしたところへ、骨つきの鵞鳥を入れることになる。こうして、肉が器の内側に直接あたらないようにするわけである。
どっぷりと鵞鳥が冷め加減の脂の中へ鎮座ましましたところで、あとの残りの脂を注ぎ入れて、それから二日間脂の中でお休み戴き、そのあいだに出てきたすき間にもう一度脂を注いでかたまるのを待つという趣向である。このあと硫酸紙のようなものでびっちりと表面を覆うように蓋をして、陽の当たらない暗いひんやりとしたところで保存しておくというわけである。
これは、あたためなおしてもよいし、つめたいまま食べることもできる。
ワインは、地酒でいこうと気取るなら、砂地で育ったブドウからとれる文字通り"砂のワイン"ヴァン・デ・サーブルVin des Sablesをとってみるのも悪くはない。
辻静雄コレクション3「ヨーロッパ一等旅行」29〜31頁