肌寒い。しかしこの肌寒さがいいのだ。今も窓を空けている。冷たい空気は、冷たい飲み物のように快適で、目の覚めるような思いだ。

 西日暮里に着いたのがたしか既に夕方の五時過ぎで、その時点で空は夜の一歩手前の薄い膜がかかった濃い青色で、雨も降っていて、空気は幾分か湿気を含んではいるがしっとりと冷えていて、この冷たさが、秋の夜の手前の時間特有のものらしさだった。とてつもなく巨大な満月が出ていて、僕はそれを見上げたが、妻は別のものを見ていた。という記憶があったが、それは間違いで、それはさっき見た映画の中の出来事だった。

 東京駅の地下でのオー・メドック・ド・ジスクール2008年とラ・ピエレレのシャブリ2009年を買う。あと、お弁当を買う。持ち帰って家で食べるには、東京駅の地下がいまもっとも色々なおいしそうなものがあって楽しい。

 それにしても渋谷の人込にはいつものことながら辟易とする。

 ユーロスペースという映画館に行ったのはこれがはじめてなのか。前に、ここに来た記憶にない。地図を見ながら、どうもおかしいと思いながら辿りついたのだった。以前カサヴェテスを観に来てから、半年も経ってないのに、なぜこれほどきれいさっぱり記憶から欠落するのかと思って、よくよく調べてみたら、カサヴェテスを見たのはイメ−ジフォーラムだったようだ。ふたつがひとつに、混同していたようだ。もし地図を見ずに以前の記憶で歩いていたら、まるで別の方向に歩くことになって、確実に上映時間に間に合わなかっただろうから、危ないところだった。しかし、ユーロスペースがはじめてということはないと思うが、来た記憶はない。十年以上前なら来てるのかもしれないが。

 ロベール・ブレッソン「白夜」をみたいと言ったのは妻で、僕はあまりよくわかってなくて、わりとどうでも良かったのだが、妻に付き合って観に来た。観終わって、これは観ることができた歓びをかみしめるというような思いだった。そして愚かなことに僕は、この映画をブレッソンという映画監督の新作映画だと思い込んで観ていて、終映後にポスターをみて1971年の作品だということをはじめて知って、たいへん驚愕した。

 「白夜」をみて、これが少し昔の映画であると気付かないというのは、これはいくらなんでも、鈍いというか、いったい何をみているのか、我が認識能力を疑う、いうより他ないような気もするのだが、まじめに見ている間中ずっと、気を確かにしっかりと、これは「今の」映画だと思っていた。主人公が操作する、あの旧式なカセットレコーダーをみているにも関わらず、その「今」を疑わなかった。自分でも不思議である。

 映画館を出て、ポスターの表記を確認して、本当にこれが1971年の作品だというのら、なおさら物凄いではないかと、まず最初にそう思ってしまった。

 最初から最後まで、なにしろ、きれあじの凄まじさが、ほとんど圧倒的である。媚を含んだ空気など微塵もない、徹底して孤独な、毅然としたたたずまいの、作品が作品であることにまったく妥協しない強さ。そういうものに、姿勢を正すような思いにもなり、同時に、完全にくつろいだ、このまま上映時間の間中、これに身を任かせていれば良いのだという深く沁みこむような歓びがわくのも感じた。

 しかし、その良さとは一体なにか。映画を、僕はそう好きではないのだ、と、映画を観ながら何度か思っていた。セーヌ川を屋形船が煌々と電気を照らしながらゆっくり進むシーンを僕はじっくり最後まで観た。それを観ながら、これがいい、というのは一体、何がいいのかと、ほんの一瞬でもそう考えていた。これがいいと思わなかったら、これは良くないではないか。そう思うか思わないか、いや、そう思うもっと手前の問題ではないか、良いとか悪いのと、そういうのはじつは、あまり重要ではなく、この神経の張り詰めたような物事の切り分け方、出来事の並べ方、音楽の立ち上がる瞬間と断ち切る瞬間、その余韻、明るみと暗さの重なり、色の問題、質感の問題、それらすべての繊細かつ大胆な混ざり合い、そういう流れそのものを、目の前にやり過ごすということの、一体なにを「良い」と名指すのか。良いなどとは間違っても言葉に出来ないものを観ていると、それをはじめに認めなければそれ以上にはいかないのではないか。

 それにしても、あのようなうつくしい光線の当たってるヌードを見たのは一体いつ以来なのか。ぼんやりと記憶の奥から浮かび上がってきたのは、学生時代に、午前中のヌード部屋でモデルがポーズをしていたときの時間で、自然光を受けて直立しているヌードモデルの肌の感じであった。人間の肌にあたる光と、その陰翳のやわらかさ。僕はこのようなやわらかな光の強弱を昔から知っていて、だからこそそれは視覚的なものをはるかにこえた強い記憶の切迫感を伴って迫ってくるので、あまりにも鮮烈で、思わず息をのむようなものだった。

 全編、色のうつくしさ、それだけで充分だといいたくなる。

 出かけたのは昼過ぎだった。前日は久々の友人七名と会合。これだけ集まると、割り勘で色々なワインを飲めるのが良いと思って、シャブリ、サンセール、メルキュレー、何だか忘れたけど最後もう一本。それでも七人もいると全然あっという間で、ただテイスティングしているだけみたいでつまらない。しかもけっこう高くついた。全体の平均年齢がやや若いと、年長の自分はどうしても総額を少し気にしないといけない立場でもあり、あんまり無鉄砲に注文を続けるわけにも行かず、なかなか難しいものである。

 外で食事するとき、夫婦二人で、白赤各一本空けるというのはそれなりに大変なことで、やれば飲めるが毎回だとしんどくもあり、だからと言って白は重厚に終わって後半の赤が軽いグラスワインではまったく尻すぼみで、だったらでは五人や六人とかそれ以上だとどうかと言えば、全員がワイン好きなら話が別だが、そうでもなければワイン攻めは高く付いてあまり良いことにはならない。だとするとベストは三人で、食事とワインで、白赤各一本で、その後さらにやや強めの酒もいただきつつ終えることができるのでベストに近い。こうなったら、誰かを加えるしかないか。

 土曜日の二時に公園口に集合した。少し早めに行って、ベンチに座って「サラサーテの盤」を読む。一時五十分頃に読み終わった。 

久々の上野動物園ではパンダを見て、鷲、鷹、ミミズク、コンドルを見て、テナガサルを見て、ゴリラ、ホッキョクグマ、アザラシ、夜の森の生物、ペンギン、ニホンザル、ゾウ、ツル、ハシビロコウ、フラミンゴ、爬虫類。蛇の表皮を見て、それがそのまま鞄になったときのことを想像した。金色の金属を取り付けてあるところを。そのとき、同行していた女性が、後ろからワニに抱きつかれて水槽に引きずり込まれた。ワニは先月三十歳になったばかりのその女性を羽交い絞めにしたまま後ろ足で飛び跳ねながら遠ざかり、やがて自分の寝床に潜ってしまって見えなくなった。伝説は本当だったのだ。

 しかし、前にもそう思ったのだが、やはりヘビクイワシは、僕が好きな鳥なのだ。なぜなら、黒いスパッツを穿いていて、いつも檻の前にいて、すごく自己顕示欲が強い感じなのに、表情は妙に媚びたような、自分のあどけなさ、はかない可愛さをちゃんと理解して振舞っているような、そういう如何にもわかっているかのような態度が、なんとも久しぶりに会った、いつ会ってもほんとうにこの人は変わらないなあと思ってしまうような、そういう人の感じがするからだ。目は合わさないのに、常にこちらを意識して振舞っている。いつもいつも、何も変わらず、何十年経ってもそのままなのだ。

 肌寒い日だったが、この二日間、雨が本気になって降ってくることはついになかったので、これは恩恵といえる。

・・・金甌日の夜もそういえば飲んだのだった。久しぶりの祐天寺。ワインはフィリップ ド メリー シャブリとミュスカデ・セーブル・エ・メーヌ・ロイヤルオイスター。牡蠣をむさぼり喰った。

 これで、ようやく思いが晴れた。いつもの短い週末のはじまりだった。

 トピックとしてはやはり、「サラサーテの盤」読了、ということであろう。これはしかし、今までこれを読んでいなかったとは、まったく自分は何もものを知らないので、我ながら呆れてしまう。そもそも前述のとおり、ブレッソンという映画監督の事だってほぼまったく知らないままというのも、いくらなんでも酷い話だ。僕の場合、そんなのは、いくらでもある。こういうのが育ちの悪さではあるが、まあこれから色々楽しいと思えばやはりそっちの方が楽しみである。いつまで経っても旨い酒が旨いということである。

 ツィゴイネルワイゼンサラサーテ、と聞いて、ユーチューブでそれを聴いて、思わず全身が硬直していまうような強烈な演奏で、その名残が身体にずっと残っていて、それで店で二本目のワインにサンセールを注文したのだった。サラサーテとサンセール。ものすごく関係がないが、サと字数と発語の感じで。

 ロベール・ブレッソン「白夜」の、音楽のあの驚くべき切れ味の鋭さ。始まり方と終わり方。それだけではっきりとざらつきを感じるかのような手つき。作品は常に手に触れず視覚や聴覚で感じ取るものだが、物質の扱い方だけでそこにありありと手に触れた感じと痛覚や苦味のような神経の反応を幻想させる。あるいは麻薬的に陶酔させる。

 さあ十一月だ。まだまだ引き続き、怯まずに行こう。