朽ちる


朝、ワイングラスを漂白してくれたのか。なるほど道理で。


シャツも綻びてくる。ベルトもひび割れる。靴紐は何度買いなおすのか。グラスも汚れてくるし、鞄も廃れてくるし、スラックスも、鍵入れも財布もだ。


ボロくなるのが良いと、昔は思っていた。古びていくことの風合いとか味わいとか、そういうのが好きだったし、今でもそうかもしれないが、さすがに最近は、何もかもがボロくなっていくので、ちょっと閉口している。手元の何もかもが、ここまで古びてしまうのかと思って、すこし無言になってしまう。そのまま、しばらく手を施す気になれずにいる。


朽ちる、という現象を知らないから、憧れのようにそれを口にしていただけだったのだと思う。でもそれを今や、まのあたりにしているわけだ。


京急電鉄の沿線に住みたいなんて、思ったりもしたのね。だって、潮風にさらされて、街並みが全部荒れてざらついた雰囲気があるじゃない。あれが好きで、私はたまにあのへんに遊びにいくと、ただ電車が駅にとまるたびに胸がわくわくした。


観光客でいられるうちが華だね。塩が侵食していくまでの時間を丸ごと背負うとなると、これはまた別の話。


ボロい。ボロいな。横浜駅のホームに立つ。砂のようなものが手に付いて、何かがほどけたような予感がして、見ると金具の留めガネが外れていて、スラックスが脱げて、膝まで落ちていた。シリンダーのような、二本の白い太股をまっすぐにして立っていた。周囲の女たちは生真面目に不愉快そうな顔で、男たちはなぜか同類を庇うようにしていて。


ただただ、涼しかった。