テントの下


泳ごう、と思って夕方から出かけた。泳いだ。予想に反して、いい感じだった。すごくいい疲労が全身をつつんで、それをおして泳いだ。ひたすら、力強く運動している感じだった。なんだろう、この過不足の無さ、このきっかけと結果のそれぞれが相補的に成立する感じは。たぶんいつもこうなら、申し分なかった。そうなのだ結果だの目的だの、どうでもいいのだ、この行いと結果が相補的に両者を表現し合う関係をもつのであれば、僕はそれだけでもう今を肯定できるのだった。


だからこれはもう、このまま身体を休めろという大きな力の指示であるのかもしれないとは、感じていて、どうしようどうしようと迷っていたのだが、結局駅前の広場まで行った。この時期開催される地酒まつりがやっているのだ。冷たい雨の降る、まさに最悪のコンディション下である。日が暮れて夜のとばりが下りた野外会場は閑散としていた。店番のお姉さんたちが、かじかむ手をすり合わせながら、じっと紙コップの暖かいものを口に運ぶばかりだった。ずらっと並ぶ一升瓶のなかから一番端を指さして、一合もらった。誰もいないテント内に設置されたイスとテーブルに腰かけた。明々とストーブが燃えていた。傍らに座って、その場に座っている自分の身体そのものを感じた。コップの淵ぎりぎりまで注がれた透明の液体を口に運んだ。まだ運動直後で、身体は熱を発していたので、極寒と言って差し支えない気温下で僕はコートを脱いでシャツ一枚だった。心地よい疲労感につつまれつつ、ぼけーっとあたりを見回していた。


そこは、野外用のテントだった。渡された鉄パイプのはりに沿って、電線が這わされ、裸電球が定間隔にぶらさがっていて、それらが頼りなくかすかに揺れながら、ふわっとした光を灯している。光に照らされたテントの裏側、すなわちこの空間の外側は、直接夜の闇に晒され、冷たい雨に打たれて、しどけなく濡れている。そのありさまが、我が身体側にあるテント裏側を見ているだけで、ありありとわかるような気がする。


このような場所の下にいるのが好きだ。ましてその場で、酒を飲めるのは最高だ。なぜこうしているのが好きなのか、説明できない。仮構された空間のなかで、外と変わらない場所だが、ここだけ一時的な保温と光と雨風を凌げる簡易的な設備が施されている。その一時性に、自分はなぜか異様に惹かれてしまう。なにを考えているのか謎だが、とにかくこういう状況下で、いつまでもその場にいたいのだ。


しかし二合までのんで、それで帰った。もう大人だから、ほどほどで済ます。そうした。若い子は明日、成人式だし、受験生は間もなく、本番だし、僕もいよいよ血液と尿の再検査だ。再来週末あたりかな。新橋の施設が、結果をみるや炸裂して建物ごと吹き飛ぶほどの、とんでもなく飛び抜けた好成績を記録するつもりでいる。そのくらいの意気込みで挑む。