ビルの地下へ降りていくと、無機質で清潔だったそれまでの地上各フロアとはまるで違う、最低限の照明に照らされただけの薄暗くてかび臭い廊下が延びていて、突き当りのドアを開けると、コンクリート剥き出しの壁と柱に支えられただだっ広い倉庫のような空間に出る。脇には小部屋のドアがいくつか並んでいて、その向こうに誰かいるのかわからないけど、見渡す限りがらんとして完全な無人のように見える、と思ったらうず高く積まれた荷物の奥に机があって、そこに小さく座って書類を見ている男が一人いたので、彼に声をかけた。
「地上階の者ですが。」
「はい。ご用件は?」
「ここで働かせてくれませんか?」
「…それはどういうことです?」
「なんとなく、もう地上階の仕事には飽き飽きしました。僕は本来、地下の仕事のほうが向いていると思って。」
「…ちょっと待ってください。確認しますので。」
男は携帯電話を取り出して連絡先の相手に告げる。
「もしもし、人が来ました。ここで働きたいって言ってますけど。」
その携帯を、僕に渡す。
「直接、話してくれませんかね。」
「はい。」
携帯の表面が汚れていたのが気になったけど、仕方なく耳に当てた。
「もしもし、突然すいません。」
「あ、はい。こちらこそすいません、お仕事のことですかね。」
「はい。地下で働きたいのですが、いかがでしょうか。検討していただければありがたいのですが。」
「えーっと、今日はちょっと、他に人が誰もいなくてですね。できれば日をあらためて」
「そうですか、いつが良いですか?」
「そうですね、来週くらいにもう一度来ていただけると助かるのですが」
僕は了承した。「わかりました。ではまたあらためます。」携帯電話を相手に返した。相手はニコリともせずにそれを受け取り、その後こちらを一瞥もせず、また元の座席についた。
僕はその場を離れて、ふたたび長くて薄暗い廊下を戻る。途中いきなり、脇のドアが開いて、人が飛び出してきて僕に言った。
「さっきの、電話くれた方ですか?」
「あ、はい、先ほどはどうもすいません。」
「いや、こちらこそすいませんけど、また来週でお願いします。今日は何も出来ないので!」
「承知しました。また来週で。」
「すいませんね!よろしくおねがいします。」
電話の印象よりも、ずいぶん感じの良い、というか元気に満ちた人という印象だ。しかも髪型がすごかった。頭部から爆発したみたいに50センチくらいの放射状に逆立っていて、しかも頭頂部がきれいに禿げ上がっていた。