パン

パンが大好き、あんなに美味しいものはない、と言う人をうらやましく思う。僕は今まで一度も、パンの美味しさをわかったことがない。美味しいか美味しくないかの、違いそのものをわかる能力がない。これは幼少時における、小麦という穀物へのコミットに少なさに原因があるのだろうか。ビールの香りなら好きなのにな。それでも子供のうちから人並みに食パンは食べさせられてたけど、はじめから美味いとか不味いとかの対象とは思ってなかった。あれこそ「食への関心をかぎりなくゼロに近づけた形状と味わい」だと思った。食パンとは違う、焼きたてのホカホカの、いつものパンとはまったく違う美味しいやつを食べても、それとこれとの違いをさほど大きな隔たりとは思えないのも昔からだ。パンが好きな人は、パンの味わい、香り、歯ごたえ、舌触り、硬さや柔らかさ、その按配、温かみ、あるいは冷たさ、のみこむときの感じ、それらのすべてを好きなのだろうけど、僕はそれをこうして無感覚なまま機械的に並べることしか出来ない。もともと白米もさほど好きではなかったかもしれないけど、あれはやはり日本的な味覚に加わった塩分や酸味との調和が抜群にすばらしいので、ごはんの美味しさというものはたぶんわかってるつもりだ。しかしパンはわからない。わかると言う人の言葉を聞くたびに、ああやはり自分はわかってないのだと思い知る。