蕎麦屋の蕎麦汁は美味しい。うどん屋の汁でもそうだ。こんな香り高いお汁が、家でも作れたらいいのにと思うけど、たぶんあれは、お店で食べるから美味しいと思うのであって、同じものを家で食べたら、けっこうドぎつく、塩辛いのではないか、という気もする。スーパーなどで売ってる市販の蕎麦汁とか出汁系の液体は、僕は個人的にはほとんどダメで、何しろあまりにも甘すぎると思うのだが、それでもお店の汁が、相当に濃いめで覚醒的なまでに塩分濃度を高めに生成されているであろうことは、何となく想像はつく。あれは来る日も来る日も外を出歩き夜に帰宅するような生活を送る人間がふと思い立ったときに食べるもので、心身に疲労物質が満載の状態のときだからこそ、香り立つ汁に浸された蕎麦の口当たりと香りが、まるで身体にぴたっと寄り添うかのような美味しさに、感じられるのだろうと思う。そしてその想像のフレームに、今ここ、関東という地域が、うっすらと重なる。

それは、福岡地方の異様に甘い醤油や、関西のたまり醤油の味わいがもたらすフレームとはまるで違う独自なもので、おそらくは関東と関西以南との根本的な味覚の違いであり、それがそうなってしまったのは風土の違いであり気候の違いでもある。肌に感じる風の質感の違いでもあり、乾燥した空気の殺伐さ加減の違いでもある。冬と呼ばれるものの感覚的な違いでもある。さらに言えば、関東の疲労感というものがあるのではないかとも思う。関東ならではの、関西以南とは質の違う独自な疲労感というものが。