昔、ジェニファー・コネリーが蛆虫だらけの汚れたプールで溺れる映画を観たのを思い出す。あれは歌舞伎町の映画館だった。
当時の映画館や繁華街の裏手の路地には、さすがに蛆虫は見かけないにせよ相当にうす汚れていたのはたしかで、路肩にはタバコの吸い殻がおびただしい数落ちていたし、建物の壁はまだらの染みに覆われていたし、取り巻く匂いも食物から腐乱物から汚わいにいたるまで混然となって渦を巻くようだったし、自らを取り巻く空間全体が芯まで煤けて淀んでいた。その空気が、来る度に新宿を実感させた。映画よりも映画館という場自体が重厚な本物の質感で迫ってくるのだった。当時観た映画のほとんどは取るに足らないものばかりだったが、映画を観ていること自体には満足感があった。
自分が昔から抱いてきた、薄汚れた半公共空間への憧れを不思議で奇妙なものに感じる。そして今は現実にそのような場所を思い浮かべることが難しい。想像することなら出来るのだが、実際にそんな場所があるかと言えば心許なく思うし、あったとしてもそこを訪れた自分が満足し納得するとも思えない。