いい感じの店

いい感じであると評判の店は、大抵いい感じではない。そもそも、自店がいい感じであることに自覚的な店は、いい感じではない。他人からの視線を意識してそれを保とうとするのが、すでにいい感じの店ではない。

ないがしろにされたくない、邪険に扱われたくない、そんな被害妄想気味な客がいるように、いい感じを乱されたくない、想定内の客ばかりであってほしい、そう考える被害妄想気味な店というのがある。そういう店の従業員に特有の、ある慇懃無礼さがある。出来の良い笑顔の裏側に、薄っすらとした恫喝がある。相手の顔色を見て、反応を見て、一々細かく試すようなところがある。

また、それにおもねって、わかりやすく応える客がいる。大丈夫です私はあなたの味方ですあなたの共犯者ですよと、積極的に態度で示し、忠誠が誓われ、隷属の約束を交わして、それで店も安心する。こうして、いい感じであると評判の店は、いい感じの客に囲まれて、互いのナルシシズムを温め合いながら、さらに評判を上げる。

ほんとうにいい感じの店なら、店主はひたすら料理を作って、店員はひたすら注文を聞き酒を運んで、客はひたすら酒を飲みながら席にうつむいてるか連れと喋ってる。もとよりそれらは、いっさいが無関係だが、すべてが連動している。その空間全体が、いい感じなのである。