官僚


なにやら得体の知れぬ、埃まみれで薄汚れたような、羽毛だかウロコだか肉だか筋だかわからぬ、妙ちきりんな生き物の屍骸が道端に落ちている。だから、今からそれを食べようと思う。


まずは問題のブレイクダウンから。得体の知れぬ塊りとしか思えないものでも、実際に手で掴んで、重さを感じて、羽らしきものや足らしきものや頭部らしきものを、ひっぱったり掻き分けたりして弄っているうちに、次第に解決の糸口らしきものは見えてくるものだ。まったく駄目、全然手が出ない。。と思うのなら、とりあえず、まずは羽根を全部毟ってキリで適当に穴を空けてそれを下にしてひっくり返しておいて中の血を抜いて、最低でもそこまではしとけ。それをするだけでもお前は、ひとつの仕事をした事にはなるんだよ。


ブレイクダウンの準備ができてきたら、各部位を、仮定されたいくつものタスクとして定義付け、それらの集合体として、肉の塊りを捉えなおすんだ。いや、肉は肉でしかないよ。だから、お前さんの認識の方を変えるんだって話だよ。で、詳細設計が済んだら作業者アサインな。ほらすごくない?超見積もり通りじゃん。派遣法のおかげでコスト高だけどプロパーだけでメンバ構成できるのが有り難い。やっぱ初対面の、しかも俺より全然年上だったりもするようなPG使うって色々めんどいししんどいからな。勿論お前もラボに突っ込んどいてやったからありがたく思えよ。


全体モデルのイメージが共有され、対処となるべき構想が打ち立てられ、役割分担毎の作業が切り出されて配布され、それぞれの担当者によるスクリプティングが開始すると、音高くキーを叩く音がフロア全体に響く。刻み付けられたコードはただちにFIXされ、不確定事項や協議・検討事項は別途一覧にまとめられ、継続的に会議が重ねられて、やがて中庸策が捻出され、それぞれの決議は検討時の議事録と併せて保管され、紛糾が予想される事案には全体の運行に影響をおよぼす事がないよう個別対策が用意される。決定事項が実施された後の、結果責任や成果報告もまたタスク分割されて、役割分担毎にまとめられ報告書として再収集される。


で既にあっという間に、くまなくすみずみにまで包丁の切れ目が入ってて、そこに旨味とスパイスの詰まった布袋がぎっしり押し込まれていて、表面には万遍なく下味のパウダーが降りかかっていて、あとはオーブン入れて加熱するだけの、そのときを待っている状態の生肉が、超キラキラと輝いている。メイク超楽勝だったよなあ。こんなラクなら有給使えば良かったよ。チャンスだったじゃん馬鹿だろ俺。ってか、それにしても…あぁ旨そうだなあ、ってかこれもはや、完成してるよね?あとは焼くだけなんでしょ?焼くなんて誰にでもできんじゃん。ってかこれでこのまま納品したくね?この方が顧客も感動するっしょ。わかちあおうよ感動。いいじゃんそれで。


「いや、だから僕は、責任取れみたいな、そんな抽象的な話をされるんなら、だったら逆にそっちが僕に対して、責任の取り方っていうものに関しての具体案というか、参考できるようなモデルプランを提示して下さいって言ってるだけなんですよ!ってか子供同士の喧嘩じゃあるまいし、あまりにも不毛じゃないですかこのままだと。だからいい加減、上手い事、折り合いませんか?っていうご提案なんですよ。大人同士のね。そんな無茶な事言ってるつもりないんだけどなあ。。」


司馬遼太郎は、官僚機構について「複数の人間の頭がすっぽり隠れるように、権力を上からふわっとかぶせたような状態」と言葉で表現している。原理的に中核を持たない官僚制とは、近代という時代のもっとも象徴的な形態をもつ組織体といえよう。そこには目的や責任主体の中心が欠落しており、諸事の流動の活発化だけが図られており、それゆえ突発的な傷害への影響を受けにくく、強靱な安定度で駆動し続ける事が可能なシステムである。


「僕はあくまでも全体に対する相対変数でしかない。この世に生きるという事は突き詰めて考えれば諸関係の中継を担うという事であって、右から右から何かが来てるー僕はそれを左へ受け流すーという仕組みにほかならず、現世においては皆、多かれ少なかれ官僚化していなければ生きられないと思うんです。」


なにやら得体の知れぬ、埃まみれで薄汚れたような、羽毛だかウロコだか肉だか筋だかわからぬ、妙ちきりんな生き物の屍骸が道端に落ちている。それを食べるヤツはいつも自分以外の誰かだ。