酩酊


一人で外で酒を飲んでいて、激しく酔ってしまうことが、ごくたまにある。友人とか妻とか、誰であっても、二人以上のときだと、そういう事はあまり無い。一人で、とくに飲みすぎてしまったわけでもないはずなのに、なぜか「当たって」しまうかのように、激しく酔う事があるのだ。


前は、相当昔のことだが、十年近く前に、一度あった。このときはビールを三本くらい飲んだだけ。それなのに、ものすごい酩酊状態となった。上下も前後も左右もわからなくなった。よろよろとよろけながら歩いて、しまいには歩けなくなって道に座り込んでしまい、そのまま寝てしまった。…その後、どれくらいの時間が流れたのかわからないが、ふと意識を取り戻して前を向くと、なんだか異様にうつくしく見える若い女性が目の前で微笑んでいて、こんなところで寝てると風邪をひきますよ、と声をかけられ、それで火がついたように飛び起き、悪事を見られたかのようにあたふたと逃げ去ったような記憶が薄っすら残っている。…まあそれらすべてが酔っ払いの夢である可能性も高いが。。


で、昨日も、久々に激しく酔っ払った。冷で三杯飲んだだけだが、ここ数年を振り返ってみてもちょっと思いつかないくらいのすさまじい酩酊状態となり、家まで帰る途中が地獄のくるしみで、足元はふらつき、寒さは耐えがたく、気分は最悪のまま、とにかくひたすら二本の足を交互に動かしていっこくも早く家まで帰ることだけを考えて歩き続けた。で、家に着いて、そのまま服を脱ぎ捨てるようにして着替えて、すぐに布団に入ってぐーぐーと寝てしまった、のだと思う。


今朝起きて、思ったよりも全然残っておらず二日酔い的な苦しみからは免除されたようで、喉が渇いているわけでもないし、いつもの目覚めとさほど変わらなかったので助かった。ああ、昨日は酔った、ひどい目に会ったなあ、と思った。で、例によって昨日の飲み始めてから家に着くまでの細部がほとんど思い出せない。そもそも、店で会計したかどうかも思い出せないし、その後の帰りの記憶がほとんどないし、家までの猛烈な気分の悪さと寒さだけはかろうじて思い出せるのだが、それ以外は完全に欠落状態だ。


とりあえず自室をみたら、昨日の服が脱ぎ散らかしてあるので、それを仕舞って、その後鞄の中を見たら、ハンカチが出てきて、それは…汚れていたので、すぐに洗濯物へ。財布その他も一応調べたら、カード支払いのレシートが出てきて、ああそうだ昨日は席に座ってから財布の中がほとんど空っぽだったことに気づいて、ここカード使えますか?と聞いたら使えると言われたのを思い出した。でも支払いの瞬間は依然として思い出せないなあ…と思っているうちに、席を立ち上がって、会計しているときの感じもうっすらと、ぼんやりと、ふわーーっと記憶の淵から蘇ってきて、ああ!そうだたしかに払ったわ。と思って、支払いのときのちょっとした会話のやり取りまでも思い出された。本当にその一連の流れがひとかたまりの記憶になって、ごそっと戻ってきた感じ。で、それであらためて、支払いのときはほとんど酔ってなかったという事も思い出した。少なくとも店では僕はたぶんちゃんとしてた!まずは一安心!


財布の中には銀行のATMの明細も入っていた。印字された時間を見ると、店を出てからの帰り道の途中で、ATMに寄ってる事になるのである。これはまったく完全に思い出せない。大体、どこのATMなのかがわからない。しかも、そのATMでぼくは、金を引き出しているのではなく、金を振り込んでいるのである。ある銀行口座の、ある振込み先に、指定金額をである…。なぜか?というと、…大した理由ではなくて、ヤフオクの落札品の振込みがあったからである。単にそれだけの事なのだが、でも記憶にないほど酔ってる筈なのに、振り込まなきゃ、と思い、携帯電話で振込先の金融機関名をタッチパネルで選び、口座の宛名を確認して、細かい金を支払っているというのは、我ながら理解不可能である。というか、そのときの時点でもぼくはまだ、ほとんど酔ってなかったものと思われる。そう考えざるを得ないだろう。


飲んで、会計して店を出て、電車に乗って銀行とかにも寄りながら帰って、最寄り駅に降り立ち家路を歩く途中までは、たぶんまったく普通だったのだ。しかしある瞬間から、突如として猛烈な酔いにおそわれたのだ。何者かに掴みかかられたかのように、あるいは何か大きな力にもっていかれるようにして、突然激しく酩酊した。そして、それ以前の時間も含めた巨大な記憶が広い範囲で欠落した。というかところどころ陥没・沈下した、という感じか。


まあでも人に迷惑をかけなくて良かったです。あとたくさんのビタミンが破壊されたはずなので、野菜を多めにとっておぎなうようにしたい。