リハビリテーション


12月17日の金曜日。午前三時。明日は土曜日。明日は二週間ぶりの休みだ。まったくあくせくと働いているけど、こうして久々に何か書こうとしてもそれはさすがに全然無理だ。書くような何事かを毎日やっている訳ではないのだなと改めて思う。苦労もあるしストレスもプレッシャーもあるし快感や喜びもあるけど、でも仕事のそれは決してこういう場で言葉に変換されるようなものではないのだろうなと思う。


で、今は懐かしい音楽を聴きながら、今何か書く事をしようとしているのだが、久しぶりすぎてぎこちない。というか、書く事がない。


電車に乗って、座席に皺って、降りる駅までずーっと眠りこけているような日もある。いや最近はほとんどがそう。座席に坐ると寝るので、立ってる方が良いと思っている。でも立とうが坐ろうが、本を両手に持って、その見開きのページを見ながら、やがてまぶたが閉じて、その姿勢のまま気付けば一時間が経っていたり。そして日中はただただ眠い。僕だけじゃない。オフィスにいるチームメンバー全員が眠い。顔がものすごく死んでて面白い。眠気覚ましの方法で話が盛り上がる。


つつがなく問題なく日々が過ぎればそれはそれでいい。


ここにしぶとく座り込んで粘っていれば、何かが思い浮かぶと思っているのだろうけど、そこが甘いのだ。だからこんな時間になって、妙に深く不快な酔いに満たされている。


いずれ、本当にうんざりするような、これしかないの?と思わせるような、にっちもさっちもいかないような、絶望的な局面に出会わなければいけないのだ。そこは、どうにも避けられないのだ。


だとすれば今からあまりびびる事もないといえば無いのかもしれず


でもそれは、いずれ消え去るものでもあるのだ。


書かれなかったこと、それは書かれなかったことではないはずだ。書かれなかったことという言葉自体が何かまやかしなのだ。ほんとうは、書かれた事だけが、書かれた事なのだ。書かれなかった事というのは、最初からないはずなのだ。


書かれなかった事など、ない。書かれなかった事とは、最初から書かれる事のなかった事なのだ。たとえば、あたかも書かれなかった事があるかのような書き方、というのはあるのだろう。書かれていない事がある、と感じさせられる書き方も、あるだろう。要するにそういうことで書かれなかったこと、というのは既に書かれている事とほぼ変わり無いものなのだ。


十月に入ってから、まるで時間に余裕がなくこうして文章を書くのも久しぶりだ。この二ヶ月間は、非常に面倒くさく非常に疲れる事も多く、しかしそれなりに面白さもあるという、まあいわば実にありふれた感慨めいた記憶しかない。


眠い。眠さ。それじゃあ確認になってないね。電車に乗ってる。寝てる。


やっとはじまったな。おい小僧。おい起きろ。