鮮魚


手摺りに凭れて、景色を見ていた。ここはたぶん、飛行場である。僕の記憶に間違いがなければ、おそらく南紀白浜空港だと思われる。滑走路に、白線がまっすぐに引かれていて、しばらく行くとその先は途切れている。視界を右手の方角へ移動させると、途中で読み込みが上手く行かず、青空の一部が直接芝生のテクスチャーにめり込んでいる。


紙コップに注がれたコーヒーを飲む。ポットで保温されていた熱さを唇に感じる。煮詰まったコーヒーの味と紙コップの味が口の中で混ざり合う。自分の座っている座席の下の床だけ、なぜかぐらぐらしていて、固定させようと足で蹴っていたら逆に少し隙間が空いてしまい、ついには、細長い隙間から直に下の地面が見えている状態になってしまった。飛行機はどんどん進み、地面はとてつもない速さで流れていく。もう出発だろうから、今さら言っても遅いだろうし何も言わずにおいた。当機はこれより離陸いたします。快適な空の旅をお楽しみ下さい。無感情なアナウンスの後、滑走路を飛行機が進む。華奢な車輪で巨大な図体を支えてのろのろと進む。ようやくスタート地点まで来て、一旦停止する。エンジンの回転音が高まって、あらためて加速を始める。さっきまでと様子が違って、直進しながら躊躇無く速度を上げる。あっという間に機首が斜め上を向き、その角度を保ちながら車輪が地面を離れる。離陸して、透明な坂道の上を進むように斜め上を向いてひたすら昇る。


飛行機が離陸する映像は、僕にとってはいつも心落ち着かぬ映像。彼はまるで、人間というよりはボロキレの塊のような、生きる屍のような、彷徨う幽鬼のようだった。たまにテレビで飛行機の離陸シーンを見ながら、またぼんやりと不安を感じたりもする。フィリピンのジャングルで彷徨っていた一人の日本兵とばったり出くわしたとき、彼は腰の周りに生の牛肉をぶら下げていた。オーストラリア産のロースで焼肉用の切り落とし、二百九グラムで十パーセント引きである。ニパック九百八十円のシールが貼ってある。薄切りなので包丁で細長く切るにはあまり向かないタイプである。買おうかどうしようか、少し迷う。レタス一個が、二百九十八円もした事には驚いた。やや躊躇したが買った。秋刀魚が高くて、一匹百九十八円である。まだ出始めで、今日は高いなあと思った。買わなかった。


秋刀魚は頭を包丁で取り除くが、はらわたはそのままにする。秋刀魚の頭を切り落とすとかなりの出血があるけど、あの血液にはいつもたじろぐ。まな板にも包丁にもたまり醤油のように濃い血液が付着する。水で洗い流して、排水口に血液がゆっくりと流れていくのを見ている。秋刀魚に限らず、青魚はみんなものすごく血が漲ってるもので、カツオも普段は切り身になって売ってるからあまり感じないけど、魚市場に上げられて捌かれているところを見たことがあるだろうか?あれはもうスプラッタというか、大虐殺の現場を見てしまったようなショックがある。


まさに血みどろで、コンクリートの床が真っ赤に染まり、六本木を過ぎると人が少なくなり、恵比寿を出てから終点の中目黒に到着するまでの間、床一面に魚市場専用の太いホースが這わされ、その先から大量の水が放出される。水の勢いでホースが生き物のようにうねる。ゴム長靴の駅員達が水を蹴散らしながら忙しそうに歩き回る。たっぷりと溜まってゆっくりと血凝りへ凝固しようとしていたのに、大量の水が攻めてきて、ゆらゆらとその場から剥がされようとして、しばらく耐えていたもののようやく面倒くさそうにゆっくりと浮き上がって地面を離れ、そのまま鈍重な様子で流れて床を這い、傾斜にしたがって進み、やがて水もろともざーっと海へ落ちていく。こうしてすっかり綺麗になって水に濡れて黒々と光るコンクリートの床には雑魚の死骸が点々と散らばっているばかりだ。両手の指に残っている匂いをいつまでも嗅ぎながら、さっき何に触ってしまったのかを思い出そうとするが思い出せない。