最近の週末は、台風が来たり雨の日もあったけど、天気の良い日も多くて、昨日や今日なども実に素晴らしく快晴で、そういう日だから、せっかくだし、と言うので、わりと出かけて、一日中外を歩き回ったりもするが、どうも最近、自分としては、晴れた日より曇った日の方が好きになってきた。晴れは、もうしばらくいい。秋の日差しというのはやけにぎらついていて疲れるというか、無分別に一方的な調子で照らされて、それを浴び続けて、ふいに日陰に入ると極端に気温が下がってすぐに涼しいのはいいけど、歩いていてそれが交互に、何度もくりかえされるうちに、自分がゆっくりと燻されてるような感じに思えて、妙にくたびれてきて、あーもう、日射はけっこうですと言いたくなってくる。どうも光そのものが眩しすぎて色も深みもなく、ぱかぱか、ぎらぎらと、明滅するばかりな感じが落ち着かず、鬱陶しくて、体調にも影響出そうで、できればなるべく日陰ばかりを選んで歩きたくなる。明るさも結構ですが、全体的にもう少し一段か二段抑えたトーンでお願いできませんか、と言いたくなる。空の青とか、柿の実とか、鮮やかできれいだとは思うけど、今はもっと地味な薄暗いものを見たい。しかし、水元公園の木陰に寝そべっているのは快適だった。なんだかんだ言っても、外でこうしていられる時期なんて今だけのことだし、普段は、こうして外との距離を縮めたいと思ってばかりなのに、いざそうして外にいると、外の現実的な、ざらざらとした感触にやられてしまう。夕方になると少し風が出てきて、中川の川面一面に小波が浮き上がって生き物のように動いているのを橋の上から見下し、カメラのレンズを下に向けて何枚か写真を撮る。そうやってしばらくすると、手が滑って、カメラを落とすかもしれないという思いが、そのまま自分が橋から川へ落ちることに重なって、高さの恐怖が来るので、ゆっくりとその場を離れ、離れた後でその場に坐りたくなる。