昨日今日


昨日は浦和でさいたまトリエンナーレ2016の映画上映プロジェクトで上映された濱口竜介「親密さ」を観た。なんとも微妙な内容の映画なのだが、4時間以上の上映時間を終えたときには、作品に対してふしぎな肯定感をもたざるをえないというか、観たことを後悔する気持ちはぜんぜんないという感じだった。いや、しかしやはり「ハッピーアワー」は傑作であったとあらためて思った。「親密さ」は、観ている途中は、いやはじまって数分くらいで、いきなり、あまり良いと思えなくて、それでも仕事内容としては「ハッピーアワー」も同じ方向性なわけだし、そもそもどうして自分は「ハッピーアワー」を面白いと思ったのか、もしかしたら単にそのときは変なテンションだっただけで、今観てもこの映画程度にしか面白くないのだろうか、などと疑いの気持ちさえ沸き起こってきたのだが、結果的にはそれは杞憂であった。でもやはり「ハッピーアワー」が、本作とくらべれば、各段の風通しの良さと広がりを持っているように感じられる。でも、「親密さ」が悪いというわけではない。言い方が難しいのだが、もはやいいとか悪いとかではない。誰もが観るべき映画、ということではないが、観れば、映画にちゃんと説得されてしまうような感じだ。


本日は銀座の柴田悦子画廊で浅見貴子展「定点観測」を観た。絵肌の表情が複雑でより絵画っぽい感じを受けた。作品一点一点がどれも充実している感じで良かった。帰りには八重洲谷崎潤一郎の短編集などをどかっと買う。御徒町で呑んで帰宅。かえってから青山真治「東京公園」をDVDで。まえに観た記憶はほとんど失われていたが、思ったよりもぜんぜん面白かった。酒のみながら、適当なゆるい緊張感で観ている感じがじつにちょうどいい。そもそも前日に「親密さ」を観たとき、はじまってすぐに感じたのが、「ああ、もっと適当な距離をおいた、もっと端正な、何の変哲もない、もっと型にはまった映画が見たいなあ…」みたいな気持ちだったので…結果的には、この映画がまさにそんな感じだった。まあ、この映画もけっこう気持ち悪いといえば気持ち悪くて、見る、見られるの、見るの方がずっとカメラ越しで、カメラで相手を見て撮る、というのがずっと繰り返されるのが、なんとも気持ち悪いのだが、しかし見られている人たちのしぐさや表情や光の当たり方の繊細さはどうだろう。たっぷりと一人芝居をしている顔と、切り返される受け手の顔。榮倉奈々、素晴らしいな。小西真奈美三浦春馬のキスシーンも素晴らしい。