代官山町


中目黒の高架下の横断歩道を渡って代官山方面に向かって歩いたのは、僕ははじめてのことだったのか。何年か前に、祐天寺方面の通りに並ぶ店に何度かは行ったけれども、反対側にもこんなにたくさんの店があるとは知らなかった。目黒川周辺だし、中目黒の中心はむしろこっちだろう。しかも桜の直前の季節となれば、なおさらだ。勾配を上って猿楽町への道。代官山周辺の人通りが平日昼過ぎとは思えないほどだが、よく考えたら今は春休みか。だとすると歩いてる若い人たちは皆、学生とか若者、あるいはこのあたりなら常に主婦とか自営業、そんな感じもある。蔦屋書店に行った。たまたま手に取った本が面白くてずーっと読んでしまうことが最近多い。家の中では数冊を並行して読んでいるのと同じようにして、家の外でも本屋ごとに読みかけの本を訪れる毎に少しずつ読めばいいのだ。でかい本屋は買う前の本を店内のカフェに持ち込めるし、それこそ丸一日読んでいられるわけだし。


カフェめしは、基本美味しくない。という先入観がある。カフェめしはカフェという雰囲気に奉仕するためのめしに過ぎないから、何の見るべき価値もないと思っている。だから代官山で美味しいものは食べられないと思っている。もちろんフレンチとかの有名店はいっぱいあるからそれは別だが、ふらっと入った店に美味しいものはないと思っている。蔦谷施設内の店もそうだ。というか、それは言いすぎかもしれないし、美味しいのかもしれないが、なにしろ混んでいる。学生とベビーカーが縁台の雛みたいにガチャガチャとぶつかり合ってる。カフェめしはつまり混んでるのが好きな人たちが鳴きながら突き合って食い合うもので、つまりラーメンとかパンケーキとかと構造的には同一のサービスコンテンツなのだろうと予想する。でも三時ごろに、そんな時間にはどの店もやってないか混んでるかという状況下で、たまたま入った店のカフェめしを食った。まあまあというか、若い子が手作りした不器用だけれども素朴な魅力のある手料理、という感じで、そんなに嫌じゃないけれども、この時間の流れ方。この腹への溜まりかた。こういう感じのすべてが忌々しく、しかし屈服するしかない



夜になって、菊地成孔のレーベルが主催するライブイベント「Holiday」を観にUNITへ。UNITに来たのははじめて。というかこの界隈のクラブ施設に来たのが十年ぶりとかである。出演者はオーニソロジー、WONK、菊地成孔ソロ。


オーニソロジーからスタート。驚いたのは、あまりにも音が良いこと。こんなにいい音なのかと驚愕した。ここ数年ジャズのライブしか見てなくて、ジャズのライブハウスの音量も音質もやっぱりこういう場所のそれと較べたらぜんぜん控え目というか、まあ音楽が違うから比較するのも変だろうけれども、でも音は実際やっぱりこういうのがいいよと強く思わせられるような、もう圧倒的な各楽器の音でそれだけで身体レベルで感動する。


個人的に本日最大の収穫はWONKである。まさに驚愕、狂喜した。こんなバンドがいるのか、と思った。一度ラジオで聴いたときは、その曲はそれほど何とも思わなかったのだが、今日はまったく初耳な得体の知れないグループの登場という雰囲気を感じた。


まずダブ的な深味が半端じゃなく、謎のスピリチュアルというか、瞑想ダウン系な、何やらモニョモニョとした不吉で視界不鮮明な雰囲気を全体に立ち込めさせ、そこから鋼鉄の心棒をもった太いベースラインとキックが地鳴りのように打ち込まれていき、確信に満ちたボーカルが降り注ぐ…。


ベースとドラムのズレ感の絶妙さとかすごく良いし、醸し出されるすべてが自信と気合に満ちている。暗さ、翳り、そして内向、瞑想な要素が多くダブの深い揺れ、アンビエント、ノイズの瞑想、ジャズのポリリズムとコード進行、そしてソウルの魂が、ぜんぶ入ってるような感じだ。少なくとも今日見た印象はそんな感じ。褒めすぎというか、良く感じすぎているのだろうか。というか、グラスパー的サウンドというのは、こういうことなのか?後日アルバムも聴いて、たしかにそれだとピアノとかにはっきりとグラスパー感は感じられるが、だからと言ってこのグループをグラスパーっぽいの一言で片付けるのは無理だろうと思う。とにかく深くて、すごく良かった。それでアルバムも聴いたが、アルバムはまあ、なるほどねという感じではあるが、でもこれは自分的には本当に超レコメンドである。というか、まさにこのサウンドから、考えるべきことがばーっと広がったという感じ。


菊地成孔ソロの最後の曲がスティーブ・コールマンの「Law Of Balance」にDCPRGの「catch22」をマッシュアップしたと称する曲で、まさかライブでスティーブ・コールマンの曲を聴くことになるとは思わなかったので驚いた。モロにカバーしたわけではないが、それっぽい。というかDCPRGはM-Baseの末裔かもしれないという、今まで想像もしなかった系譜がいきなりあらわれたように感じて感動した。DCPRGのライブを直ちに体験しなければならないように思った。