グレッチェン・パーラトのアルバムを「in a dream」から、いくつか聴き直したり、ライブDVD「Poland 2013」、Live In NYC付属のライブDVD なども観直す。メンバーの違いなどあらためて確認。
それにしても、しつこいようだがハービー・ハンコックのButterflyの解釈の素晴らしさと言ったら、くどいようだが、まったく言葉にできないほどだ。2009年のアルバム「in a dream」にはじめて収録されたギター主体の演奏なら、すごく高度だけれどもまだわかる範疇であるが、それが2013年のライブの時点で、あれほどの奥行きと深みを獲得してしまっているというのは何なのか。それこそが、演奏を重ねていくことでしか起こり得ない変貌なのか。いや全体的に変わっているのではなくて、細部一つ一つが、すごい精度で全部洗い直されていることの凄味なのか。今回わりと久しぶりにイヤホンでデカい音で聴いていて、相変わらず圧倒されるとともに、なんというか、ライブ録音という音源そのものの根源的な不思議さというか、ちょっとこれが現実に起きたことの録音されたものとは思えないくらいの驚きに包まれてしまった。Live in NYC の日本盤CDには、渡辺享による解説が収録されていて、これが本作リリース前後でパーラトに関わった周辺のミュージシャンについて短く簡潔だが見事にまとめられていて素晴らしい内容なのだが、その中に本作はオーバーダビングなしの完全なライブ音源であると書かれていて、ということはツギハギとかもおそらくしていないのだろうが、それでもトラック毎のミックスダウンはするのだろうけれども、それだけでもやっぱりライブ音源というのは不思議な録音物だよなと、あらためて思う。というか、録音というものの、根本的な不自然さ、不可解さをはっきりと感じさせるものだと思う。出来事を認識すること、そのものが異化されてしまうような感じだ。それが今、耳に聴こえること自体が信じられない、みたいな気持ちだ。
weakは「in a dream」の時点でほぼ完成形という感じだ。先日のライブのオープニングナンバーwithin meもそうだ。Holding back the Yearsは如何にもグラスパーっぽい感じで、グラスパーが参加したのが2011年「The Lost and Found」だが、やはりパーラトのキャリアにおいて決定的なのは「in a dream」だったように思う。