四人

昨日の夜はかなり呑んだ。呑みすぎた、そのはずだけど朝はさほど不快な目覚めでもなかったので、かえって不思議な気がした。

それにしても店で僕の背後のテーブル席に居た四人組。あれは、どういう会合だったのだろうか。たぶん同じ会社で働く人同士だと思うが、初老の男性と、女性と、わりと若い男性と、若い女性の計四人で、小さな卓を囲んだまま、なぜか四人ともずっと押し黙っている。いつまでもずっと無言のまま、しかし飲み食いはしているのだ。ただしお互いがお互いを無視してそれぞれ勝手に好きなように飲み食いしているという感じではなくて、四人とも視線は下がっておらず、お互いがお互いの顔を見合っているような雰囲気もある。ちなみに店はごく普通の小さな、どちらかといえば庶民的な割烹居酒屋である。
四人の老若男女が寄り集まって、あの雰囲気で飲み食いとしている様子を見たことがない。が、強いて考えれば、それを自然な光景と見なすならば、彼らがつまり一つの家族で、居酒屋で晩御飯を食べていると考えれば良いのかもしれない。が、おそらく彼らは、絶対に家族ではない。僕には彼らが家族だとはまったく思えない。もし家族だとしたら、構成としては夫と妻、その息子と娘、ということになるだろうが、それは違うのだ。絶対に違う。これはもう、その夜のその酒場に来て、実際にその四人を見ていただくしかない。説明不要なのだ。文章力などいらない。見ればすぐにわかる。「はい、この人達は家族じゃありません」と即答できる。出自も系統も目的もまったく別々の人物たちが、ある条件の下でたまたま寄り集まっただけの四人なのだ。こればかりはもう、見れば一目瞭然でそうなのだから仕方がない。

宴は続き、なおも彼らは押し黙っているのである。そもそも、すぐ背後にいるのにも関わらず、人の気配そのものが希薄なのだ。だから奥の天井の角に取り付けられたテレビの音声だけが、やけに大きく響くのである。狭い店内の狭いテーブル席に身を寄せ合うかのような大の大人四人だというのに、カウンターの端に座っている僕の背後に、ぽっかりとした空虚が広がっているようにしか感じられないのだ。しかし振り向けば、彼らはただ黙々と飲食を続けているのだ。そして酒や料理がなくなると、驚くべきことに、追加注文はするのだ。注文のときだけは、声を発するのである。

たとえば、思わず言葉を失うような、今さら対話をする気にはなれないような、四人同時に、何かのとてつもない出来事に見舞われた直後の会合なのだろうか。いや、しかしある種の湿っぽさや、神妙な雰囲気、かなしみをたたえて、打ちひしがれているイメージともまるで無縁な感じに思われる四人なのである。なにしろとにかく、四人が同一の思いを共有している印象は皆無で、しかしそれぞれが相手にかまわず好き勝手に飲食に集中することをお互い同士許容し合う合意が事前にあるという風でもなく、ふつうそういう状態のままであることがおかしいという地点でなぜか動きを止めてしまった関係性そのものなのである。もしかしてこの四人の勤め先の会社は、いや仮にこの四人が同じ会社に勤める従業員だったとして、彼らはふだんからほとんど会話がなくて、それがあたりまえになっているのだろうか。というか、彼ら四人がその会社の全従業員だろうか。だとしたらその会社はまさにこの雰囲気そのままで、だとしたら初老の男性が社長だろうか。しかし、断じて家族経営ではない。四人とも、赤の他人同士なのだ。それはもう、間違いないので、それを前提として、しかしなぜこの独特な雰囲気が醸成されてしまったのか、たまたまある一人を基点として、まったく別々の出自と経緯をもつ、性別も年齢もばらばらの三人が、新聞の片隅に掲載された募集広告か何かを見て、約束した日時に雑居ビルの一室を訪れた。簡単な面談の上、待遇その他説明を受け、その場で契約書を取り交わして、明日から営業として働くことになったのがこちらに背を向けているあの若い男か。社長の机は奥で、社長から横向きの姿を見せるよな配置で、事務と経理、あの年配の女性と若い女性が、向かい合って静かに仕事をしていたのか。社長はこれから取引先に出掛けることを告げて、急だが夜、彼の歓迎会をするからと事務の子に店の予約を入れさせて時間を確認した上で、ではまた後ほど、お店で待ち合わせましょう、自分は遅くなるかもしれないから先に始めていて下さいと女性陣に告げて一人で出掛けてしまう。彼はさしあたり何をすればいいのかわからないので、あてがわれた机に座って鞄の中を見たり空っぽの引出しを開けて閉じたりしつつ周囲を見回している。室内は静かで空調の音と事務の子がキーを叩く音しかしない。外を走る自動車の音ばかりやけに大きく聞こえてくる。

やがて四人は、会計して店を出て行った。会計時も、大仰でもなく無愛想でもない普通の声で、店の人と普通にやり取りしている声が僕の席にも聞こえた。店の店主が「いつもありがとうございます」と言った。え…、だとしたら、彼らはこの店の常連で、今まで何度も来たことがあるのだろうか、四人全員が?

だとしたら、運が良ければこの店で再び会えるのだろうか?