きみの鳥はうたえる

日本映画専門チャンネルで、三宅唱きみの鳥はうたえる」(2018年)を観る。男×2、女×1が主な登場人物で、男が二人で共同で暮らしているその生活に女が入ってくることで、三人の時間がはじまる。女は男1を最初は好きだったのだが、3人でいることによって、その思いが少しずつ揺れていく。男二人も各々、女への気持ちを意識しながらも、互いの関係は変わらず、変えようともせず、互いへの尊重や今までの距離感は崩さず、お互いを思いやる気持ちも変わらず維持し続け、しかし何かが少しずつは変わっていくようで、しかし変わらない部分もあって…、しかし概ね今まで通り、これまでの良さをそのまま維持しよう、その価値を見失わないようにしようと無意識に誰もが感じている、そのうえで関係の変容に各自手探りで対応しようとする…という感じの話だ。物語や関係の設定としては、とくに珍しくもないのだが、しかしこの映画は、とりあえず素晴らしい、傑作だと思った。まず柄本佑という俳優の芝居が、じつによかった。この俳優をこれほど良いと思ったのははじめてだ。若い男性の、男性としての何かへの関心、無関心、価値観、大事にしたいことと、どうでもいいこと、自分でもよくわかってないこと、イラつきとあきらめ、それらの混交した感じが、おそろしく繊細に、魅力的な息遣いで表現されていて、こういう登場人物ならいつまでだって観ていられるという感じだ。男の単純な粗暴さに行くわけでもなく、内省の悩みに入り込むわけでもなく、ひじょうにこざっぱりとした感じなのに、配慮や気配りが深くて、けしてわかりやすくはないけどニセモノじゃない優しさがあって、なんていいヤツなんだろうと思う。こんなヤツ、いちばんいいヤツじゃん、俺なんか逆立ちしたってこんな存在から程遠いわと思う。ここぞというときのキメのセリフとか、表情とか、態度とかの凄さとか、そういう技ではなくて、むしろちょっとしたときの返事の間の抜けかたとか、相槌の打ち方とか、そういう些細なところで出来上がってくる、その人ならではの存在感(たぶん恋愛感情とかも、好きになったと感じた相手の、そういう些細な部分に反応することで生まれてくるのだろうし、しかし後々の後付けで、その思いの代償というか交換できる何かをやがては求めてしまうのも、恋愛に囚われた人が往々にして陥る感情ではあるだろう)。

石橋静河が演じた女性も良かった。石橋静河は「映画 夜空はいつでも…」ではまったく惹かれなかったのだが、本作はとてもいい。平凡でありきたりな感覚のよくあるパターンの役柄だと思うが、クラブで踊ってるシーンとかカラオケのシーンがすばらしい。これは石橋静河のすばらしさでもあるし、このようなシーンをしっかりと作品内に入れ込む制作者側のすばらしさでもある。音楽はHi'Specが担当だが、全編通じて非常にいい感じで、クラブでかかってる曲が普通にカッコ良くて、それでみんなが本気で楽しそうにしていて、そうそう…こういうことだよなあと思う。映画作品でクラブという場所が、登場人物の行動や思いを説明する道具としてではなく、場としてきちんとその魅力まで伝わるかたちで登場するのは珍しいと思う。

全登場人物はけして多くなくて、とくに職場の人々とか最終的にはちょっとみんな良い人過ぎる(あるいは性格造形やや単純すぎな)感じがするのは、少し物足りない感じもした。あと二人の生活が、おそらく経済的には相当苦しいだろうし、シビアな金のやり取りのシーンもあるのだが、それはそれで、毎日おおむね楽しそうで、食生活も遊びも酒も充分に供給出来ていて、貧乏ということ自体の惨さ、シャレにならなさ、怖さ、みたいなものは感じられない。それはそれで、こういう生活もあるのだとは思うが、しかし若い人たちの貧乏さと、それでもそれなりに楽しい、そういうことに生きることの価値が大きく割かれていないことの特別さみたいなものが、きちんと説得力をもって描かれていたかどうかは、留保が必要な気はした。僕個人の、単なる描写の好みに過ぎないかもしれないが…。

しかし、くりかえすが本作の魅力の中心は、3人の男女のとてもゆっくりとした繊細な関係の変化を見守っていくことにあると思う。