私小説と括られるような小説を読んでいると、もっとも主だったテーマあるいは通奏低音として響いているモチーフとしては、病気、老化、死、そして不貞である。どんだけ鬱屈してて悲観的なのか…という感じだが、生きているというのは、そんなものか。ことに前世紀前半までは若くして病死や戦死が他人事ではなかっただけに、よけい死への思慮が切迫性を帯びるのはわかるが、不貞はどうなのか。なぜこれほどまでに猫も杓子も奥さんと子供を放り出して別の女と関係を結びたがるのか。自ら飛び込んだ苦境においてせいいっぱい心象を吐露したがるのか。かなり不思議というか、ほとんど奇怪な印象を受ける。
やはり、田山花袋がいけないのだろうか。ゾラなどの自然主義やクールベ的な写実主義の、田山花袋による解釈で「蒲団」が出来上がり、これが日本の自然主義文学の骨格というか輪郭を決めた、とされる。「蒲団」にはおそらく、露悪的であることで読み手にショックを与えよう、未曽有の経験をさせようという野心というか、目論見がある。自然であるということを、躊躇なく何でも書くということにズラして解釈している。その書き手の態度までが、作品の中に含みこまれている。なぜそんなことをするのか?なぜそれが可能なのか?という問いには、主人公である書き手は私だから、というトートロジーを置いて作品を成り立たせて閉じることを可能にして、こうして日本近代文学における一つの形式が出来上がってしまった…ということなのか。「少女病」も大概すごい話だった。今「蒲団」を読み直しているが、こちらもやはり、どうなんだこれは…と思わないではいられない。こいつ、わざとだから始末に困るよな…という感じ。
たとえばマネにも、作品にスキャンダル性を塗布するケレン味はおそらくあった。これを出品したら観客は驚くだろうと予想し、それを楽しむ気持ちが、どこかにあったのではないかと思う。しかしそれはマネの作品の中心にある要素ではなくて、表面の一部にある装飾のようなものに過ぎない。空騒ぎでも何でも利用して、その作品を多くの人目に見せなければいけなかった。それは田山花袋も一緒だろうし、田山花袋にとって当時の自然主義が自分を揺るがすような衝撃であったことも、想像できるような気はする、が。