楽器

ピアノが老朽化して傷んでくると、鍵盤がガタガタのゆるゆるになってしまって、弾くとピアノの音と鍵盤が下の台にぶつかう木の音が、ピアノ線の叩かれた音と重なって聴こえる、そんな状態のほとんど演奏不可能みたいな、まるで死骸のようなピアノを、子供の頃に触ったことがあるような気がするのだけど、それは思い込みだろうか、でも昔、スカスカの鍵盤を弾いて、カタンと木のなさけない音がしたのは、たぶん実際に聴いたのだと思うけど。

あるいはギターも、子供の頃ギターは、六本の弦が張られているけど子供には、それらが自分の知るドレミファソラシドの順で音が出ないことの理由がわからない。だから開放弦をじゃらーんと鳴らすことしかできないのだが、それゆえギターという楽器は、いつも同じ音を反響させるだけの、ただそうして転がってるだけの無用品という印象になる。

楽器は、音が出るような仕組みをもつ構造物だけれども、それが老朽化したり操作方法の無知に晒されることで、音が出る仕組みよりも物質そのものの方がより強く前に出てきてしまう。老朽するとか壊れるというのは、つまり楽器という目的と楽器の物質性が入れ替わろうとしているのだけれども、しかし老朽化したり壊れたりしても楽器から音が出なくなるわけではない。物質である以上、楽器から音が出なくなる事態はありえない。したがってピアノから出た音は如何なる音であってもピアノの音にほかならない。バス・クラリネットから出た音も然り。

などと、エリック・ドルフィーが独奏する"God Bless The Child"を聴きながら考えていた。ここで演奏に使われているバス・クラリネットは、老朽化しているわけでも壊れているわけでもないだろうけど、バス・クラリネットが、本来ならそうあらねばならぬはずの目的とか希望をあきらめるように請われて、それを受け入れて、自ら手放して、そのままなしくずしに、ただの物質へ近づこうとする、そのように物質を誘い、最後に供養するための祭事、として聴いてみたら、などと考えていた。