猫はけっしてそうは思わないだろうが、犬はできるだけ何かの役に立ちたいと、いつも思っている。必要性というものに、自分を溶かし込みたいと願っている。それでこそ我が身の存在の輪郭が、はっきりすると信じている。

犬は嗅覚がするどく、犬は早く走ることができ、犬は狭い場所や危険な場所へ潜り込むことができる。そのことで犬は人間の役に立てる。犬はそれを知っていて、人間に吠えかけ、何かを伝える。救助犬が、警察犬が、走り回って、活躍する。必要とされて、彼らははりきって働く。人はそんな彼らに喝さいを送り、感謝する。かけよってきた犬たちの頭を撫で、背中をさする。よくやった、えらかったね、彼らはそれを歓ぶ。

彼らは不安を感じている、働ける場所を見出す、そこで必死にはたらく。本来的に自らの欲望をもたない我々と同じようにだ。

RCサクセション「忠実な犬」で、歌い手は犬に、また探しに行こう、探し回ろう、と呼びかける。何を探すのかはわかってない。ただ「イカれた目つきで探し出すもの」としか言いあらわしてない。でも、とにかく一緒に探そうと歌う。

この歌の「忠実な犬」とは、RCサクセションがこれまでいくつもの歌で歌ってきた、自分にとってのとくべつな理解者や共感者とは、もはや違うものだろうと思う。そのことに、すでに気づいてしまったのだろうと思う。

 

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