朝の電車内で、そこかしこから人の話し声が聴こえてくるようになると、春が来たんだなと思うところがある。

冬の間、車内は水を打ったように静かなものなのだ。

誰かがほんの少しでもささやき合おうものなら、その声は端から端にまで響き渡るほどの静けさだ。

だからほとんどの時間を誰もが無言のまま、移送先のことを思い浮かべている。身体に揺れを感じながら、じっと黙って我が身の運命と事の成り行きを案じているのだ。

ただし電車のなかにいても、開いたドアから入り込んでくる乾いた風の様子から春の訪れはわかる。

それで締めつけられていたものがゆるんで、表情がほころんで、手から滑り落ちた外套は他人の足に踏まれ泥にまみれてぺしゃんこになる。

またたく間に早い息遣いと体臭が混ざり合って、アサリの貝がぱくぱくと息をして、ときおり砂を吐いて床一面を水浸しにする。

主婦たち、学生、通勤圏一時間以内で購入検討中の、新しくオープンした複合型商業施設の、年金だけではとてもやっていけない、ぶつかり合いながら引き摺られるスーツケースの音と、ぐったりと座席に沈んで、疲れ果てた表情の観光客たち。

足元にかすかな振動として伝わってくる、小さな動物たちの行動習性である特徴的な反復の仕草。

水道から勢いよくほとばしった水飛沫は、やがて弱まりながらも、だらしなく、とりとめなく、けじめなく、床に漏れて広がる。

鋼鉄の車両は剛性を弱め、リベットが芽のように浮きあがり、その隙間に水が浸み込んで、車体下部に組まれた制御部品への金属疲労を誘発させる。