今日は、雨ではないが、湿気がすごくて、外にいると、まるで植物園の温室のなかを歩いているみたいだ。紫陽花やそのほかの草が生い茂っている、その勢いと緑色の濃さがはっきりと勢いを増していて、湿度のなかに植物の動きの活発さが溶け込んでいる。人間としては洋服を着て、空気をおしのけながら、その場を通り過ぎる。

 買い物から帰ったあとはずっと家にいた。居眠りした。亀の背中を、スプーンの先で突付いて、クレームブリュレのようにパリパリと甲羅が割れていくのを夢で見ていた。甲羅が割れて、中に誰かの生活があった。家族の間取り図のようなものがあらわれた。

 夜になったら蚊が出た。耳元で高い羽音を聞いた。妻は長袖を羽織った。蚊取り線香を短めに折って、皿にのせて火をつけた。途中で一匹、手で叩いて仕留めた。薄茶色のひ弱そうな蚊が、手のひらの上で潰れて、糸くずか髪の毛が折れて縮れたような姿でいた。

 僕が子供の頃は、もっとはっきりとした、身体もふっくらと厚みのあるような、表面に白黒銀の鱗粉をまとったような、デカイ蚊がいっぱいいたが、最近はそういう蚊はみかけない。というか、いつも蚊自体ほとんどいない。一夏で、一度も蚊に刺されないような事も珍しくない。今日みたいに、こんなに蚊がいるなんて、久しく記憶に無い。昔は、手にも足にもやたらと喰われてあたりまえだったが、今では一箇所やられただけでもやたらと痒いような気がするし忌々しい気持ちになる。蚊も、昔の蚊は手で打たれて死ぬときは、それこそ手のひらの上でみずから自裁したかというほど派手に腹から吸った鮮血をこぼしてものすごかったけど、最近の蚊はまったくそんなこともない。でも最近の蚊の方が地味に痒くて、痕が消えるまでも時間がかかる気がする。

しかし、蚊をやっつけようとおもったら、今でも手元には旧来の蚊取り線香しか用意が無い。妻は前から、蚊取り線香の効果に懐疑的で、蚊取り線香にやられて死んでいく蚊をみたことなんか一度も無いという。そういえば僕だってそうかもしれない。しかし、たぶん蚊取り線香で蚊はいなくなるので、死なないけど、どこかへ逃げていくのかもしれない。

 それでさっき、玄関のドアを少し開けておいたことを思い出した。夕方からずっと開いてたことになる。だから今日はこんなに蚊が入って来たのか。