散歩

小谷野敦江藤淳大江健三郎」をぱらぱらと読んでいて、以下の箇所で声をあげて笑ってしまった。大江健三郎はおもしろいな。

小説が停滞して苦しんでいたこの時期、大江は入水自殺のようなことをしかけたことがあったようだ。夏のある日、江の島に行き、砂浜に座ってポケット瓶のウィスキーを飲んでいると、

僕は水泳に自信があるものですから、沖に一、二時間も泳いでいけば、そのまま帰ってくることはなく、すべての問題はなくなるという気持ちになって、泳ぎ出そうとした。水着に着替えて膝まで水のなかに入って行ってから、「そういうセンチメンタルなことをしてはいけない」という、何者かの言葉が聞こえてきて引き返してきた。
 帰りの江ノ電の入口で、生きているタコを売っていました。それを一匹買ってビニール袋に入れてもらって、電車に揺られていると、タコが(略)全身をあらわして、僕の膝から降りて電車の中を歩き始めた(笑)。みんながタコの持ち主を見る。僕は、できるだけ落ち着いてタコを袋に取り戻すほかない。女の人が「そのようにして、タコを散歩させに行かれるんですか」といわれた。「時間があれば、海のそばで運動もさせます」といったら、「そういうものですか」と感心された。

(『座談会昭和文学史』)