美味しい

動物が捕食したものを食べるとき、動物として「美味しい」と感じてはいるのだろう、草食動物が草を食むときだってそうだし、昆虫だってそうだろう。

「美味しい」とはつまり、過去として保管されている記憶の呼び起こしである。今まで食べたことのないような美味しさとは、原理的にありえなくて、美味しいと感じるなら、その味わいは必ずかつて経験したことの再現前だ。

動物たちにとっても、人間にとっても、空腹は苦痛であり、生命の危機だ。その不快、不安、緊張もおそらく共有できる何かだろう。

捕食することで、身体組織に必要な栄養やエネルギーが取り込まれ、「美味しい」という感情が生じる。必要な養分の取り込みには時間が掛かるから、「美味しい」という知覚は、生命的危機が解消されたことの安堵や緊張緩和とただちに接続されてはいないはずだが、その知覚をもって欠乏していた記憶が再生されることで、その生体にふたたび過去の奥行があたえられて、生命を維持するためのモチベーションを復活させてくれる。そのときの前向きな感情の動きを「美味しい」と感じている。