夜の川の手通りを自転車でひた走る。風を受けているのに、寒さはさほどでもなく、薄手のコート一枚で丁度良い。今が十二月とは思えない。道は平坦で、自転車はすいすい進んで快適だ。
地元のほど近く、最近評判の、活気みなぎる下町中華料理店をはじめて訪れる。平日のずいぶん遅い時間にもかかわらず、四人掛けの狭いカウンターにぼくが座って、奥にはテーブル席もあるようだけど、おそらく今これで満席だ。
カウンターと厨房の境界は不透明のビニールで仕切られており、その向うで中華鍋を振ってる店主の姿は見えず、忙し気な音だけが聴こえる。配膳や注文を受け取つ女性、如何にも町中華な対応、笑顔なし、愛想なし、てきぱきと速度重視でめまぐるしく動き回る。
ふだん中華屋に来ることがほとんどないので、何を注文するべきか、何を食せば初回の選択として妥当なのかもわからない。ビールは大瓶。この狭いカウンターには皿をいくつも置けないだろうと思う。
ほどなくして店主、怒声。ブチ切れてる。酔った常連客に対して、堪えかねたかのように説教をはじめる。客は詫びるが、店主の怒りはおさまらない。店内全体が、緊張に包まれる。忙しい店、鉄火場みたいな店によくありがちな、苛立ちと気合と油と湯気の混ざり合った夜更け近く。こんなふうに遅くまで開いてる店だからこそ。ビールを飲みながら、ここからは姿の見えない、怒りの声を聴き続ける。子供のとき、親の小言を聞き流してるときの気持ちを思い出す。
客、何度も詫びて、会計して、執拗に店主に詫びて、店の扉をあけ、くそ気分悪いなと捨て台詞を吐き、いなくなる。存在論的、葛飾的だと思う。きっとこれでいいのだ、何事もなかったかのように、またくりかえすのだと思う。
何かを取りにひょいっと姿を見せた店主に、すいませんご馳走様でした、と声をかけたら、店主こちらを向き、あ、ありがとうございます、二番さんお会計と言われる。あ、こりゃ怖そうなおっさんだわと思う。女性はおそらく奥さんだ。はいどうもーありがとうございましたーと、やたら元気よく言われる。