予感

雨が降ってるのか降ってないのか、はっきりしない朝、傘は挿さずに歩きだす。ほんの少しだけ、雨になる直前の水分の粒子みたいなものが、頬や髪や肩口に付いて薄く重なるのを感じるが、これなら傘を挿すほどではないのも思ってそのまま歩く。ただし鞄のつる…

キハダ

釣り竿を折りながらも、同行者の助力もあり何とか釣り上げたという三十八キロのキハダマグロが、店内の巨大クーラーボックスをはみ出すようにして鎮座していた。釣ったのは店主で、今年はコロナだの何だのロクなことがなかったけど、これで悔いのない年にな…

裸婦

小暮夕紀子 「裸婦」(『文學界』2020年9月号)を読む。主人公の母、この人いいお母さんだなあと思う。お母さんだけでなく、お父さんもたぶんいい人で、姑のお祖母さんもそうだ。それは子供の私からみて、それぞれがそのように見えるということで、実際はどう…

小隊

砂川文次「小隊」(『文學界』2020年9月号)を読む。北海道に駐屯中の陸上自衛隊小隊長である主人公が、侵攻してきたロシア軍と交戦するという話。背景や状況説明などが省かれていて、いきなり「その場」しかない、非常事態のなかで武器や車輛を示す専門用語た…

小石川

小石川植物園へ。園内は緑濃く、まだ夏が残ってる感じ。セミの声もまだ聞こえる。ただし木々と茂みの先でなだらかに傾斜する日陰になった一帯には、幽霊の炎が浮かぶみたいにして彼岸花があちこちに咲いている。 リニューアルした温室設備を一巡して、いつも…

10年代くるり

京都音楽博覧会2020(くるり&岸田繁楽団)の配信を観る。たいへん良かった。良かっただけでなく、このままではいけない、最近のくるりをきちんと聴き直して取り戻さなければまずいと、やや焦る。 くるりには、すでに20年以上の活動歴がある。思い返すと、くる…

土曜夜

ヘンリー・C・ ポッター「セカンドコーラス」(1940年)をDVDで観る。なんかいつも以上にフレッド・アステアのドヤ感に溢れた得意げな表情が妙に鼻につく感じなのだが、ダンス・シーンは拍子抜けするほど少ない。ペアで踊るところは一ヶ所だけ。でもこれが、控…

定食

久しぶりにE氏と会食。E氏はもう半年近く在宅ワークが続いているらしく七時定時の業務を終えて待ち合わせの場所で落ち合えたのが八時過ぎとやや遅めスタートとなり、いつもならともかく今のご時世だと飲食業界はまだまだ警戒自粛の空気が色濃くて、当日予約…

今が一番いい季節かもしれないと外を歩きながら思うことがある。暑さ寒さの丁度良さと、光と影のコントラストの丁度良さだ。いちばんの気候の良さ、それは快適には思われない気候のときに思い浮かべる、身体負荷のほとんどない柔らかで安らぐような季節のイ…

PC

自宅のノートPCが、かなり調子悪くなってきた。これが壊れてしまうと、かなりヤバい。公私共に困ったことになる。元々三年前にヤフオクで三万円で落とした中古品だが、三年で調子悪くなってしまうようでは、まさに安かろう悪かろうな買い物になってしまった…

白ワイン煮

買い忘れはよくあることだが、冷蔵庫にあるのを忘れていて余計に買ってしまうということもよくある。買い忘れよりそっちの方が多いかもしれない。余計に買ってしまう食材がたとえばどんなものかと言えば、生姜、玉ねぎ、長ネギ、レモンなど、薬味として利用…

アン

NHKで海外ドラマ『アンという名の少女』を観た。2017年カナダ制作の実写版「赤毛のアン」で、全八回のうちの一回目。台詞とかエピソードとか、ほぼアニメ版「赤毛のアン」の印象から外れてない感じだった。 今回あらためて思ったのは、アンという少女は孤児…

枝豆の季節

昨日はアジ(やや身の締まった値段高めなやつ)、今日は小さめのチダイ(安物)を、包丁でさばいて三枚におろした。包丁は僕の場合、経験を積めば積むほど、下手になっていく気がして仕方なく、かなり失望する。ただ少なくともアジはまだマシだったので昨日は刺…

日日不穏

なぜか突然思い出して、筒井康隆「日日不穏」の文庫を本棚に探したのだが見当たらず、家のどこにあるのかわからない。もしかしたら実家にあって、ここには無いのかもしれない。とりあえず図書館で閉架請求して借りた。一九八四年から一九八六年にかけて雑誌…

下手

セザンヌは下手な画家であると、同時代の人々からは散々言われた。今でもそう言う人はいるだろうし、直接口にしないにしても内心でそう感じている人は、少なくないはずだ。 作品において、一見下手に見えるそのような在り方というのは、いつでもひとつの突破…

短編集

井伏鱒二「夜ふけと梅の花」を読むと、ああこれは、短編集という形式のもっともいい感じなやつだな…と感じる。集められた一つ一つが、それぞれ固有の世界にしっかりと閉じていて何者の浸潤も許さない、それでいて一冊の本であることによって、どこかにおいて…

年代別

僕がものごころついたのは四歳か五歳の頃、ということになるのか。ものごころがつくというのは、原初的な記憶が残っている頃のことだとすればそうなる。保育園だの幼稚園だのに通っていた記憶はおぼろげにあるし、近所に住んでいた同じ年齢くらいの子供たち…

面白

煩雑で厄介で面倒事が山積みだが、それがむしろもっとも厄介な問題を見えなくしてくれていて、必要とされていることをかろうじて信じることができ、自分の存在価値をかすかには感じていられる、そういう生があり、逆に厄介事や面倒事など何もなくて、金はな…

水量

室内ではまったく気づくことができないのだが、ふと窓の外を見ると、ウソみたいな勢いで雨が降っているので驚いて、しばらくの間窓際に貼りついて見入っていた。降っているというよりも、ビル全体が巨大な洗車施設の中に入ったみたいな、信じられないほど猛…

雨光

午前中のうちに買い物を済ます。真夏と変わらない暑さ、青空を背景に、白い雲と灰色の雲が互いを重ね合わせつつ彼方まで続いている。急に思い出したかのようにどこかで一匹の蝉が鳴き始めるが、その鳴声は単独に消えゆくばかりで、時すでに遅しの印象。仲間…

銀座の観世能楽堂で第二十七回能尚会。番組は仕舞「老松」、能「景清」、狂言「佐渡狐」、仕舞「梅」、能「融」。いつものように、最初笛の音が、はじまりを告げるかのように響くが、あれはなぜ、耳に刺さるようなあれほどの音量で館内にひびきわたるのだろ…

三日前にひらいて塩して冷蔵しておいた鯵を、帰宅後にグリルで焼いて食べたら、これが超、美味しい!ということで大変うれしい。もう干物で売ってるやつは買わなくてもOKだ。出刃包丁を買ったのは魚をおろしたかったからで、なぜ魚をおろしたいのかと言えば…

コピー

古谷利裕「偽日記」8/26(https://furuyatoshihiro.hatenablog.com/entry/2020/08/26/000000) たしかにすごい。音楽なんてこの30年間で、何も進歩してないのではないかなんて思ったりもしていたのだが、こういうのを見ると、そうではないと思う。これはすごい…

電車のドア脇に立って、乗り込んでくる人たちをやり過ごしている。ほとんどの客が車両奥へ向かい、空いてる席に座ったりその前に立ったりして、やがて全員の車両内位置取りが決まって、ドアが閉まり、電車が動き出す。僕のすぐ前に女子高校生が立っていて、…

会社

蒸気船ユニオン号について、長州、薩摩、亀山社中の三者の間で紛争が生じた。この船は、自前の船を持たない亀山社中が、アクロバチックな手法で社中の船として「リース」していたものだった。長州藩は軍艦を持ちたいのだが、幕府の禁制により購入できない。…

気温

朝、寝室に冷房が効いているのは、夜中に暑さで目覚めた妻か僕のどちらかが、エアコンを起動させるからだ。それは明け方になるとしばしば部屋を冷やし過ぎてしまい、僕は無意識のうちに薄いタオルケットをしっかりとくるまっていたことに、目を覚ましてから…

初老心

暑さのせいでもあるけど、せっかくの休日でもずっと家に引きこもっているのは、けして悪いことではないなあと最近よく思う。家にいることの面白さがあるし、家にいることの退屈さもある、どちらもあるのだが、結果的にはそのどちらもが、なんとなくいい感じ…

没年

この暑さだと、図書館に行くにもほとんど命がけだ。追手から逃れるかの如く、炎天下に焼かれつつ命からがら館内に逃げ込んだが、それにしても身体ダメージ大きすぎる。本を物色している途中も、頭がぼーっとなり全身がだるく、回復してくるまでにかかる時間…

親方

お店のカウンターで自分が一人で酒を飲んでいるとして、店は客も少なくヒマだとして、そんなとき手持無沙汰の店主が何をしているかというと、棚上のテレビを見上げて常連のおっさんと世間話してるようなことはよくある。年齢が若いなら従業員の女の子との雑…

新しい人

何のきっかけもなく、ただ無目的や無根拠を希求したくなる理由はおそらくなくて、たぶん過去のどこかに、いかにもわかりやすい原因があったはずだ。これまでの目的や根拠が自分で信じられなくなった、そんなよくある話の、たまたま我が身に降りかかってきた…