シェエラザード

村上春樹「女のいない男たち」収録の「シェエラザード」を読んだ。好きな男の住む家に忍び込んで小さな物を盗み、かわりに自分の些細な所有物を潜ませてくる、そんな行為をくりかえしたことのある女子高校生が、三十歳も半ばになって、たまたま知り合い関係をもつ男に、その過去を告白する話。

まるで、チェーホフのようだ。彼女の過去と、それを今語る彼女(過去の彼女の欲望と、今の彼女の欲望)、それを受け止める男、女の欲望と女への欲望を交換すること、それが出来なくなること、今はこうして逢瀬を重ねてはいるが、きっといつかはこの関係も終わり、さっきまで聴いていた相手の話の続きを、聴くことができなくなる日を想像する男。それらすべての寂しさ。

この短編集は、どれも短編であることの、それならではの良さを感じる。映画での流れが、ここで小気味良く切断され、丁寧で繊細に編まれた、こじんまりとした小品として組み直されたようで、その一つ一つの収まりのほどよさが、小説の良さとして作用してる。