高野文子「ドミトリーともきんす」みたいに、もの凄い科学者たちが、たまたま若い頃、ひとつの下宿で一緒に暮らしていた、みたいな架空の話もいいけど、そういうのではなく、牧野富太郎でも中谷宇吉郎でも湯川秀樹でもない、まったくなんでもない人は…などと思いながら、でもあのマンガの中では、じつはほとんど、牧野富太郎でも中谷宇吉郎でも湯川秀樹でも、彼らはまだ彼らではなくて、ただ下宿の学生に過ぎない。下宿の管理人のとも子さんは、なんとなくちょっとずるいというか、そんな特権的な立場ってある??といいたくなる感じだけど、でも下宿人の彼らが、その後の誰なのか?は、たぶんまだ誰も知らない。というか、そういう(あとで聞いたらすごい人だったみたいな)話ではなくて、たまたま集った下宿での話で、…そう考えたら、僕だってとも子さんみたいなものだ。現実の空間において、職場において、色々な人たちと知り合い、関わるけど、彼ら一人一人が誰なのか、まったく知らない。あたりまえだけど。それに彼らだって、僕が誰かまったく知らない。あたりまえだけど。でもそれで、すくわれるのだけれど。でもきっと彼らもこの先、何かに名前を与えたり、何かを記録することも、あるのかもしれない。しばらく前に行った牧野記念庭園には、牧野富太郎銅像があって、その周りをスエコザサという笹が取り囲んでいる。「スエコザサ」は発見した新種の笹に翌年亡くなった奥さんの名をとって名付けられたものらしい。