NHKのドラマ「魯山人のかまど」は、魯山人伝説とでも言うべき有名なエピソードが下敷きのドラマは、可もなく不可もなくだったと思うが、魯山人を演じる主演の藤竜也がすばらしかった。

我儘で勝手で金銭にも社会生活にも破綻している魯山人という人物のエピソードではなくて、ただ何もせず、縁側にぐったり身体を横たえて庭先を眺めているひとりの老人、そういう場面がやけに多く目につくのがいいのだ。一カット毎やけに長めで、そこに流れている時間の取り留めなさが、ひとりの人物を文脈や前後から浮き上がらせる。

魯山人をキャラクターとして扱っても面白くはなくて、どこまで突き詰めても底の知れない、わかりやすくオチなど付けようがない、魯山人ならその厄介さを徹底しないことには、生ぬるいつまらない話になってしまうのは間違いなく、本作がその域に到達しているとは思わないけど、藤竜也はありがちなレベル手前、ぎりぎりのところで踏みとどまり、類型に落ちるのを食い止めているとは思った。

人間国宝とか、金銭とか、食がどうとか、芸術がとか、そういうことよりもよほど厳しく途方もない、剥き出しの時間に、藤竜也演じるこの老人は、立ち向かっているように見えた。日がな一日、縁側でじーっと庭を見ているのは、本来の正しい(もっとも困難で過酷な)一日の過ごし方なんじゃないかと思った。

藤竜也は「アカルイミライ」(2002年)ももちろん良かったけど、ぼくが個人的に「この俳優すごい」と思ったのは、90年代にたまたまビデオで観た「裏ゴト師」という作品。カタギではない人間を演じるにあたって、紋切り型の威圧系、オラオラ系でなく、型にハマってないその人独自の存在感が良かった。そんな大昔のことを、ふと思い出した。