DUB


電車の中は蒸し暑いがこれくらいならまだ全然我慢できる。外に出たときの空気の冷たさが気持ちよいのでかえって快適なくらいだ。できれば世の中全体がこのままもっと、どんどん蒸し暑くて不快な感じになっていってほしい。この季節に電車に乗るとかありえないみたいな雰囲気に世の中全体がなればいいのにと思う。みなとみらいから渋谷まで飲みながら土曜の朝を迎え、山手線は朝の5時。早朝だというのにおどろくべきたくさんの人々。ごはんつぶが天井全体にびっしりとくっついている。床は泥の泥濘が酷い。若者達の履く靴裏の泥を踏みつけた跡の色々な模様がたくさん残っていて、瓢箪かペイズリーかゾウリムシのような人の足の裏のかたちを象った靴の裏の中の模様の折り重なったそれらを見下ろして見つめている。泥にまみれた爪の欠片、千切れた携帯のストラップ、プリクラ、ガムの包装紙。汚れが付着する。誰かの肌の汚れが誰かへと移る。湿った衣類同士が擦れあい、汚れを分かち合う。衣類が汚れている。近づくと耐えがたいほど強い匂いを伴う。水周りは不衛生を極めていて、トイレの状態を思い出すだけで気分がダウンして、スピーカーの裏側に生えたカビを取り除く気にはなれずダブを再生して低音の四つ撃ちごとに部屋中に胞子を散布させ、身体の調子は以前から万全ではなく、節々は痛み腰は鈍く痛み背中はばりばりに凝っていて胃のムカつきと吐き気と意識に薄っすらとかかるモヤを引き摺りながら、嫌な予感と不安ばかりが頭の中に渦巻いていて、そんな情況の中皆が行くべき場所に行き、仕事をする。一世代前の古いマシンの電源を入れる。デバイスを全部読み込むまで5分以上かかる。みんなその間にタバコを吸いに行くので、休憩室の方からこちらにまでタバコの煙が漂ってくる。外は曇りか雨。降ってるのか降ってないのかわからない。窓ガラスの外は真っ白。白い壁のように何も見えない。マシンの裏側のファンが猛烈な勢いで回り始めて熱風を放出するのでさらに不快度が増す。電源部の熱が小さなストーブのようで近くに置いておいたミネラルウォーターを口に含んだらぬるま湯になっている。キーボードを叩くたびにディスクにデータが刻まれる音がまるで小動物を捻り潰した際の泣き声のようにひびく。真っ白い文字が200行前後流れていって、そのまま待機になって、ログオフして、いっこうに捗らない処理を流したまま、靴の裏の踵のところで筐体をがんがんと蹴っていつもの挙動音が聴こえたのを確認して、ロッカーから鞄を出してそのまま会社を後にして、予約していたレストランでの食事もけっこう快適とは言いがたい情況で、まるで公衆浴場のような湿気にまみれて人々の話し声や物音などが渾然となってワーンと一様なシーツオブサウンドになって耳を圧迫する店内の、案内されて着席したテーブルを挟んだときにはすでにお互い汗だくで、でも今日は食事しなきゃいけなくて、酒も飲まないとダメだから、ほとんど義務のようにして食べ、ボトルを空ける。これからは世の中全体がもっとそうなるべき。