katushika

大昔は、川のほとりの集落だった。農業従事者がほとんどだった。やがて工場が誘致されて、小さな住宅が立ち並んで、労働者が集まって暮らしをはじめて、道路が舗装・整備され、商店が増え、学校や公共施設ができ、鉄道が敷かれ、車道が増え、高速道路施設の巨大計画地図の片隅にかかり、自家用車が急増し、通勤電車は混雑し、安居酒屋は連日満席で、スーパーのタイムサービスでは人が群がり、鉄道会社の相互乗り入れが進み、ベッドタウンと呼ばれるようになり、集合住宅が立ち並んで、駐輪場の自転車があふれて、暴走族のバイク集団が駅前を旋回して、スイミングスクールに通ってた子供が小学校を卒業して、三世代が住めるへーベルハウスで建替えして、レンタルビデオ屋で週に三本映画を借りて観て、やがて大人は年老いて、退職後再雇用制度を使ったり、最後の海外旅行と称して早起きして成田へ向かったり、趣味の句会に参加したり、新しく出来た総合病院に入院したり、老人ホームのパンフレットを見たり、息子が孫を連れてやってくる週末を楽しみにしたり。

そんな町の駅前敷地が、大手デベロッパーによって買収され、またたくまにビルが解体されて、巨大分譲マンションが建設されようとしていたが、施工主と区との間で条件調整が上手くいかず散々揉めた末に計画は白紙となった。駅前の広大な更地が柵に囲まれて何年もの間放置された。柵の隙間から覗くと、そこには驚くほど広大な無人の更地が広がっていた。

あるとき、何がきっかけだったのかは不明ながら突然柵が取り除かれ、広大な跡地が人々の目の前に晒された。抽象的と言いたいほど何の起伏も無い広大な更地は、住民たちの見ている前で生き物のように広がっていき、近隣周辺の施設、商店、住宅、公園を呑み込んでゆっくり拡大する。あれよあれよという間に駅前は寂びれ、人の波は途絶え、廃屋が増殖してまもなく消えて、のっぺりとした平面空間となって、そこは初夏の訪れと共に猛烈なスピードで膨大な雑草類によって覆われた。鉄道は廃線となり、高速道路の高架は朽ちてある日轟音と共に崩れ落ちた。学校も廃校、図書館は閉鎖、自治会は消滅、区行政組織は解散、生活インフラと物流をはじめとする産業供給の一切が停止した。あとは動くものもなく静寂につつまれた空き家と廃墟の区域が並ぶばかり、錆色に染まった金属の塊にも苔が生え、背の高い雑草が生い茂り、すべてを見えなくした。

今ここは、川のほとりの集落だった。その一帯に住む住民のほとんどが、下流の町から分けてもらったし尿を船に積み込み、川を上って運び込んで、それを飼料にして作物をつくって、細々と暮らしている。