予感

雨が降ってるのか降ってないのか、はっきりしない朝、傘は挿さずに歩きだす。ほんの少しだけ、雨になる直前の水分の粒子みたいなものが、頬や髪や肩口に付いて薄く重なるのを感じるが、これなら傘を挿すほどではないのも思ってそのまま歩く。ただし鞄のつるつるした表面には細かな水滴がびっしりと付着するので、現状でこのくらいは降っているのだとはわかる。水分をはじく素材に対してならこれほどまでに雨は目に見えている。同じ量のうちいくぶんかは自分自身にしみ込んでいて、傘ではじくほどではないと思っている。

やがて公園手前の緑道に入ると、両側から立ち並んでいる夏の間に蓄えた緑の深い木々がアーチ状に空を覆っているおかげで、微量の雨ならまるで問題なく傘なしで歩けるようになる。と思ったらそれは間違いで、ざーっと風が吹いたら、木々がわさわさと揺れてこれまでしっかりと貯めこまれた葉の上の雨が一気に地面へ降り注ぐことになる。木の下だけこうして一時的な本降りがたびたび生じるので、そのためだけにでも傘を持たないと、駅に着くまでにえらいことになる。

やれやれと思って、ふと脇道の通りの奥に目をやると、住宅地に挟まれた細い路地の奥に、白髪の小さな爺さんと猫がいた。爺さんと猫が、並んで路上に佇んでいるのだ。爺さんの飼い猫、というわけではないと思う。そういう関係ではなくて、あれはたぶん無関係である。たまたま、あの場所に爺さんと猫が、並んで佇んでいた。彼らの間には何の意思疎通もない。互いを認め合っていたかも定かではない。たぶん、そのときそのように並んで、そこでこちらを見ていた。僕は爺さんと目が合い、猫と目が合った。爺さんの警戒と関心、猫の警戒と関心をどちらも受け取った。ただそれだけだ。

それにしても、涼しいというか、ずいぶん肌寒くなった。昨日今日はまだ大丈夫だけど、このあとやがておそらく、もしかして数日も待たずに、なんの前触れもなく突然、だしぬけに、朝いきなりぶわーっと、平然と金木犀の香りがあたり一帯にたちこめているのだとしたら、いつものことながら、毎年その唐突さはどうなんですかねえと一言突っ込みたくもなる。