近所

自宅からほんの徒歩1分くらいのところに、今はもう使われてない小さな工場があって、数年前からその廃工場を劇場に改造して演劇活動の拠点にしてる劇団がいた。年に数回その場所でけっこう活発に公演活動しているようだった。(ちょっと「ニンゲン合格」に出てくるポニー牧場とかミルクバーのような手作り感というか、いや、あれよりももっと廃工場の素材感を生かした、剥き出しの空間を逆手に取ってミニマルな舞台に見立てた感じだったように思われる--当時のウェブサイトで見る限り--。)

しかし最近、そこは数年前と同じただの廃工場に戻っていた。その劇団が今はまた別の場所で活動しているのかどうかは知らない。つい最近まで小さな看板と公演スケジュールの貼り出されていた入口周辺も、もと通りの殺風景な様子に戻っていた。…やはり一度くらい、その舞台を観ておけば良かったかなあ…と、そのときにはじめて、ほんの少し後悔の気持ちが生じた。なにしろ行くにも帰るにも徒歩一分。その距離感で、誰かが仕掛けた生の演劇を鑑賞できる経験というのは、なかなか得難いものだったろう。

自宅周辺は、広大な公団団地と区立公園の周辺を囲む、如何にも東京の外れのありきたりな住宅地という感じのところで、駅からわりと離れているし、繁華街のような要素はほとんどない。それでも何軒か数えるほどだが個人商店もある、とはいえおそらく近隣住民の買い物は近くに幾店舗かあるスーパーマーケットかコンビニ利用がほとんどだろう。ちなみに自宅近隣で酒が飲める個人経営店は、僕が知るかぎり二店舗ある。自宅から数分の場所で営業していて、どちらもたしか四、五年前に開店したのだったと思うが、当初はこんな辺鄙な場所で飲食店をやっても人が来るわけないし、どうせすぐに店をたたむことになるんじゃないの?…などと思ってたのだが、その予想は見事に外れてどちらの店もいまだに健在だ。地元で行く人が意外にいるのだろうか。僕も両店ともに一度か二度うかがったことはある。僕以外の客はいなくて、どちらの店主からも「お近くですか?」と聞かれて、はいすぐ近くなんですと答えた。行くにも帰るにも徒歩数分の場所でわざわざ酒を飲むのも、それはそれでちょっと楽しいのだ。ただし何度も通えばさすがに店側や他客らと地元ノリになってしまって鬱陶しいことになるかもしれないところがリスクだ。