自宅で延々、配信のフジロックを見るだけの一日。

CA7RIEL & PACO AMOROSO、これは人気出そう。後半の盛り上げ系ダンスチューンはふつうだが、R&Bっぽい曲がどれもすごく良い。この親しみ易さ、ウケ易さ、キャラの立ち方、それを支える技術、どれもが仕上がり極まってる感じ。

BALMING TIGERには狼狽した。「はい、こういうの、わかりました」とは決して言えない、そう言い切る勇気が出ずに、へどもどしてしまうような、図らずもそれを目の当たりにした自分の態度を決めかねて、しどろもどろになってしまうような、こういうのを見たとき、自分はまだ甘いと痛感する。笑うわけにもいかないし、真面目にもなれないし、どうすればいいのこれ…と、観ていて途方に暮れるしかない。

CA7RIEL & PACO AMOROSOはアルゼンチンで、BALMING TIGERは韓国だというとき、その「国」って何だろう…と思う。「国」は音楽を少しでも説明できるものではなく、かえってわからなくなるし、むしろ「国」の差異を塗りつぶして、なし崩しにして、見境いなくしてしまうのが音楽(ポップ・ミュージック)だ。

CA7RIEL & PACO AMOROSOは、わかりやすく親しみ易く完成度高くて、つまり音楽(ポップ・ミュージック)として、きわめて高品質ではある(これまで磨き上げられてきた韓流アーティストたちの最良のテイストを、見事に換骨奪胎してやった感もあると思う)。

そしてそれは、BALMING TIGERも、前者とはまるで違う音楽性だし前者ほど完成度高くはないかもしれないが、幾分かはそうである。いや場合によっては、ことと次第によっては、前者に拮抗あるいは凌駕するのかもしれない。だからこそ彼らもフジロックでパフォーマンスしているのだ。でもそんな希望はまるでもてない、けっして安心できず、音に身を委ねさせてもくれない、いつまでも心残りの気掛かりのような、BALMING TIGERはどこかに、そんな異質なままで平然としている。少なくとも自分にはそのように聴こえる。

BALMING TIGERは、自分にとってはヤバかった。何か、心の安定を崩されるものがあった。それを経由したせいで、夜のVULFPECKのパフォーマンスはあまりにも素晴らしくて、鉄壁のアンサンブルに、ホーンセクション、あとパーカッションに彩られた幸福は、CA7RIEL & PACO AMOROSOにもVULFPECKにも共通であり、このうえなき興奮と楽しさに満ち溢れていたのに「しかし、これほど安全で安心な音楽もないよね…」と、小さな声で嫌なことを囁くもう一人の自分が、いつの間にか心の中に育っていたりもした。