架空の作家を語る


人間は常に揺れ動く不安定な危なっかしい存在なのだが、同時に、そういう不安定さと両立して機能する機械的な正確さと安定感に支えられた手の技術というのもあって、そういう手から生まれた加工物だけが醸し出すことのできる独自の質感というのもある。


自分の手の技の優れている事を、何の疑いももたず肯定していて、愚かしいほど自分の力に単純に陶酔していて、でもそのような自己確信の思いが、本人の手の技をより一層高く深く研ぎ澄ませていくような、そんな幸福な循環の中にいて、作られたモノも、洗練されたクラフトマンシップを湛えた息を呑むほどの仕上がりとか、構築の強さと組み合わされる繊細さが渾然とする、おそらくすぐれた工芸品だけが持つこのできる格別の味わいだったりとか…。


「私を私足らしめるのは、技術だけです。私から技術を取り除いたら、かたちのあるものなど、何も残りませんよ」(かつて私は遠い場所に居た。長い間留守にしていた。そしてあるとき技術を手に入れて帰ってきた。私は今も昔も孤独だけど、今の私は、持ち帰った技術を使って、何かを作ることができる。私の技術は世界を振り向かせる事が出来る。私の技術は世界から必要とされてる。もし私が技術を失ったら、私はもう世界から必要とされない。)…みたいな、そういう何かを背負ってる人。


多分彼にとって、世界は四散して孤立したフラグメントの集積で出来ていて、それで、そこでは貴方と私が、もうまるで別の、何の接点も持たない場所に只、点在してるだけなのだいう事を確信して、それを一度も疑った事なんか無いのだろう。


おそらくそこには歴史も物語も無いような場所で、そこに只ぽつんと、孤独な彼がいて、その彼が作る作品が、まるでスィーツのように甘美であればあるほど、凍てついた深い断絶が予感させられ、それが切なくて悲しいのだけれど、…でもそれゆえに、また一層、狂おしいほど際限なく甘く、その作品は在る。


技術を研ぎ澄ませれば研ぎ澄ますほど、洗練の度合いを高めれば高めるほど、モノの輝きは増すけれど、まるでそれと歩調をあわせるかのように、世界がまた一歩遠のく。そのどうしようもない感じ。努力の矛先が根本的に間違っていて、全てが水泡に帰すかも知れない事の悲しみの感じ。でも、この一瞬の、深い輝きを前にしたとき、正しさなど如何ほどのものだというのか?(みたいな)