「めし」


めし [DVD]


中北千枝子原節子が並んで立っていると、二人が同じ人種の人間とはちょっと思えない。「美人」と「並」が並んでいるのとも、日本人っぽさと外国人みたいなアクの強い顔立ち、というのとも微妙に違う。全く別質なモノが並んでいる感じである。僕は実は原節子って、なんとなくあまり好きではないのだ。というか、原節子って、本当に妙な雰囲気の女優だと思う。まあ、でもこの映画の原節子は、僕が今まで観た中で一番良い感じだ。


そう思える理由はたぶん、島崎雪子演ずる非常に奔放な姪の役柄が傍らに居るからと思う。この映画では倦怠期の夫婦が主人公で、それに加えてこの姪の闖入で夫婦間に波風がたつのだが、原節子はずっと島崎雪子を困った疎ましい存在と思っていて、そういうネガティブな気持ちを抱えてる原節子というのは新鮮に見える。相手の無神経な(挑発するかのような)言葉に耳を疑った原節子の「この小娘ホントに腹立つわー」という気持ちも通り越して思わず「あははははは」と笑う場面があって結構怖いのだが、そういう感じの原節子を見れると思わなかったからちょっと嬉しいと思った。


映画全編を通じて軽妙でコミカルな調子があり、笑いを誘うような要素も多い。モテ男の上原謙が、不思議と憎めないキャラだし、それを取り巻く女たちも皆なかなか笑わせるような感じだが、原節子だけが寂しげで哀しげで苛ついていて、やり場の無い不満感を抱えてながら怒っているのである。だから、そういう怒っている奥さんを観るという事である。…見事な箇所が多々あるのだが、とりあえずいつまでも下を向いて無言で拭き掃除をしているところとか、上原謙に背を向けて一心不乱に米を研いでるときの「シャッシャッ」という鋭い音とかにはかなりビビる。


…で、怒り心頭に達して何もかも嫌になって、後先考えず実家に戻ってしまった原節子が、微かな安堵に浸りつつその日の晩御飯の時間までひたすら昏々と布団に入って眠り続けるというシーンがあって、非常に肯ける思いに捉われたのだが…どうして女性って、怒ったり不機嫌になったりすると、ああいう風にずーっといつまでも布団かぶって寝続けるんでしょうね?誰か教えてください。…で、ここでのお母さん役の杉村春子がまた絶品ですね。。


あと、映画の最後で、上原謙が再登場してきて、この映画の上原謙は基本的に、ちょっと馬鹿な感じのかわいい男性(に見える)なので、別になし崩し的になんとなく仲直りする事になる。でもここで相手を許そうとする瞬間とか、相手の話が素直に耳に入ってくる瞬間とかが(はっきり境界線がないのだが)一々きめ細かくて、いわば警戒を溶いていく過程というのがとても見事に描かれている。亭主がここに来た理由が出張だったりビール代を出すのが奥さんだったりと、そういう細かい事が全て効果的に、事の展開に反映するのがわかるようだ。一緒に汽車で帰るラストシーンまでの流れは、そういう深い感情移入の幸福感に満ちている。


でもビールの店で、もはや完全に仲直りと思われる直後の原節子の、もう何の屈託も無く「ほほほほ」と笑うその声には、ほんの少しだけ「いらっ」とさせる何かがある…ここで、あそこまではっきり笑わせるのかぁ、と思うのだが…考えすぎだろうか(笑)。そういうのは「好み」の問題でしょうけれども。