「宗方姉妹」


宗方姉妹 [DVD]


DVDにて。観たのはたぶん二度目だが改めて素晴らしいと思った。もう、比較を絶してすごいと思う。大人たちが、それぞれの大人の事情を生きていて、それらを各人なりにまっとうする。高峰秀子のジタバタを通して、大人の面倒な事情の大変さ。厄介さ。鼻であしらわれ、邪険にされ、半人前に思われて相手にされないという悔しさや疎外の寂しさと、ああやっぱり、こんな面倒な泥濘に足を囚われているような人々から自由である方がよっぽどいいや、という気楽さの混濁した感じ…貴方は好き。貴方は大嫌い。貴方とは結婚したい。…などと何の屈託もなく(いや、自分が理解できる範囲での屈託に自家中毒しつつ)平然と他人にコミットしてくるような、若い者特有の野蛮な粗暴さと無力さ。。おそらく高峰は、ある局面では、姉の不幸の元凶であるはずの山村聡の虚無にも(二人でグラスを投げ合って)簡単にシンクロできてしまうのだろうし、お姉さんの野暮ったさが気に入らなくて小言を云われるのが鬱陶しくて、でもお姉さんが幸せになれないのが我慢ならなくて、それが捩れて逆上して熱病に掛かったように上原に結婚を申し込んだり、気に喰わない年増の女性にお前が嫌いだ、とわざわざ告げに云ったり、翌朝には全部ケロッと忘れてしまったりもするのだろう。


この映画を観る喜びの最たるものとして、やはり田中絹代の美しさであると僕は思う。やがて来る父の死を独りで背負っているという事もあるのだろうが、妹への態度は始終厳しく、結構怖いお姐さんだが「新しいとはどういうことか」を説教するところなんかは、やはりその毅然とした顔に見惚れつつ思わず感動してしまう。山村聡に力任せにぶん殴られる直後、姉がぶたれた事に怒り狂った高峰がカッとなって何やら妙な「武器」を手に取ったり捨てたりして(ここは笑う…)それを阻むように田中が「真理ちゃんいいの。私別れます」と答え、それを聞いた高峰が「別れるの!?お姉さん良い!良いわ!それで良いわ!別れて良い!!あんな奴となんか別れて良い!!お姉さん、勿体無い!!」と云って泣く。この、あらゆる事が俄かにすさまじい力で動いていき、流れ、崩れ落ちていくのを為すすべなく見守るだけしかない状態のものすごさ。


上原は紳士な笑顔を始終崩さないけど、結婚したらどうせ「めし」の亭主みたいにダラシナクなるとしか思えないので、そんな男およしなさい、結婚なんておやめなさい、という気持ちがどうしても湧いてしまう。まあそれでも可愛いところもあるのだけど、少なくとも田中絹代と相性が良いとは思えない…とか何とか下らない事を考えたり。。


山村聡は激しい雨の中、居酒屋で酒を飲み、ずぶ濡れで帰宅して直後に死んでしまう。(嘘だろうけど)仕事が決まって地方へ行く事が決まるとか、あの激しい雨に濡れるデカダンな無職男の佇まいは成瀬「浮雲」の森雅之にも繋がってくる感じがある。(浮雲って1955年なのか!今更だが。。)どこまでもだらしなく絶望的に落ち込んでいくという事の凄みは森雅之の方が凄いと思うけど、ここでの山村聡もかなりの迫力だと思う。あと「猫に頬擦り」してるところなんかはダメ男を表象させる最も適切な行為で、何を隠そうこの僕も、10年以上前に大学を卒業して実家でしばらくプラプラして居た頃、僕の実家には猫が居たのだが、ある日、その猫をベタベタ頬擦りしたり抱いたりしてたら、母に「…いい年して働きもしないで一日中ゴロゴロして猫とそうやってベタベタ遊んでアンタほとんどマトモじゃないっていうか、今、本当に人間のクズに近いわよ」とか云われた事があったのを思い出しました…


独身で上原の周りをうろついてる高杉早苗なんかは如何にも現代的な女性で、箱根の旅館から上原を呼びつけてもすっぽかされ、小娘の高峰には若さ全開の面会を強制され悪態をつかれ、最後は「私って気まぐれなのね。でもその気まぐれが、案外私の本心だったのかもしれないの」と言い残して去っていく。まあなんというかカッコいいけど侘しくて、僕はこの登場人物が何か好きである。箱根の旅館で上原が来ない事を知ったときのシーンなんかが寂しくて、そうだね。そうやってハンドクリィムを手に塗るだけしか出来ないよね、と云いたくなった。