今泉


今泉が近づいてきて坂中の席まで来て「今日忙しいの?」と聞いた。坂中はモニタを見ながらキーボードを叩いていて今泉の顔を見もせず「そうでもない。」と答えた。今泉は「今日飲みに行く?」と誘った。坂中が黙ったままなので今泉はしばらくそのままでいた。坂中が「うーんいいけど。」と答えると「じゃあ十分後に下のロビーで。」と言い残して今泉が自席に戻った。最後の報告メールだけ送信すれば今日の仕事は終りで良いを思ってそうするつもりだったが、でも十分後の待ち合わせではやや早すぎたかもしれないと今泉は自席に戻りながら少し後悔した。坂中はなおもひたすらキーボードを叩き続けていたがそのまま五分も経った頃に突然パソコンのシャットダウンするクロージングサウンドが流れモニタが消灯したのを見ながら椅子から立ち上がって腰に両手をあててぐーっと背中を反らせてため息をついて向かいの席に「お先です」と声をかけてとぼとぼとロッカールームまで歩いた。鞄を取り出してマフラーとコートをまとめて腕に引っ掛けたままオフィスルームを出てセキュリティカードや携帯電話などをポケットの中でごそごそしながらエレベータホールに着いて最寄のボタンを肘で押すと運良くすぐに目の前のドアが開いたのでそのまま一気にエントランスまで降りた。思った以上のスムーズさで待ち合わせ場所のロビーに着いてしまったのでこの後数分とはいえ時間を持て余すことになったのを少し後悔した。エントランスはオフィス内よりもかなり気温が低かったので手に持っていたコートをちゃんと着ようと思い片手に持った鞄が邪魔なので奥手のソファーまで歩いていってそこに鞄を置いてコートとマフラーを身に付けていたら今泉が来た。「早いね。」と今泉が言い、「今日ものすごく寒くない?」と坂中が言った。「今日無茶苦茶寒いよ。」と今泉が言った。「日本列島を寒波が覆っていますとかテレビが言っていたよ。」と坂中が言い「今日は外にいるのはつらいね。」と今泉が言い「今日は死ぬでしょ。明日の朝も寒いかな。」「寒いの?」「いやわかんない。」「何処行く?」「いいんじゃないあそこで。」「混んでるかな」「空いてるでしょ今日なんか」と続く。